う、あの景色が石の滑らかな面《めん》に描いてあるのか。)
洋傘直しは石を置《お》き剃刀《かみそり》を取ります。剃刀は青ぞらをうつせば青くぎらっと光ります。
それは音なく砥石《といし》をすべり陽《ひ》の光が強いので洋傘直しはポタポタ汗《あせ》を落《おと》します。今は全《まった》く五月のまひるです。
畑《はたけ》の黒土はわずかに息《いき》をはき風が吹《ふ》いて花は強くゆれ、唐檜も動きます。
洋傘直しは剃刀をていねいに調《しら》べそれから茶いろの粗布《あらぬの》の上にできあがった仕事《しごと》をみんな載《の》せほっと息して立ちあがります。
そして一足チュウリップの方に近づきます。
園丁が顔をまっ赤《か》にほてらして飛《と》んで来ました。
「もう出来たんですか。」
「ええ。」
「それでは代《だい》を持《も》って来ました。そっちは三十三|銭《せん》ですね。お取《と》り下さい。それから私の分はいくらですか。」
洋傘《ようがさ》直しは帽子《ぼうし》をとり銀貨《ぎんか》と銅貨《どうか》とを受《う》け取《と》ります。
「ありがとうございます。剃刀《かみそり》のほうは要《い》りません。」
「どうしてですか。」
「お負《ま》けいたしておきましょう。」
「まあ取って下さい。」
「いいえ、いただくほどじゃありません。」
「そうですか。ありがとうございました。そんなら一寸《ちょっと》向《むこ》うの番小屋《ばんごや》までおいで下さい。お茶でもさしあげましょう。」
「いいえ、もう失礼《しつれい》いたします。」
「それではあんまりです。一寸お待《ま》ち下さい。ええと、仕方《しかた》ない、そんならまあ私の作った花でも見て行って下さい。」
「ええ、ありがとう。拝見《はいけん》しましょう。」
「そうですか。では。」
その気紛《きまぐ》れの洋傘直しと園丁《えんてい》とはうっこんこうの畑《はたけ》の方へ五、六歩|寄《よ》ります。
主人らしい人の縞《しま》のシャツが唐檜《とうひ》の向うでチラッとします。園丁はそっちを見かすかに笑い何か云《い》いかけようとします。
けれどもシャツは見えなくなり、園丁は花を指《ゆび》さします。
「ね、此《こ》の黄と橙《だいだい》の大きな斑《ぶち》はアメリカから直《じ》かに取《と》りました。こちらの黄いろは見ていると額《ひたい》が痛《いた》くなるでしょう。」
「え
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