え。」
「この赤と白の斑《ぶち》は私はいつでも昔《むかし》の海賊《かいぞく》のチョッキのような気がするんですよ。ね。
 それからこれはまっ赤《か》な羽二重《はぶたえ》のコップでしょう。この花びらは半ぶんすきとおっているので大へん有名《ゆうめい》です。ですからこいつの球《きゅう》はずいぶんみんなで欲《ほ》しがります。」
「ええ、全《まった》く立派《りっぱ》です。赤い花は風で動《うご》いている時よりもじっとしている時のほうがいいようですね。」
「そうです。そうです。そして一寸《ちょっと》あいつをごらんなさい。ね。そら、その黄いろの隣《とな》りのあいつです。」
「あの小さな白いのですか。」
「そうです、あれは此処《ここ》では一番大切なのです。まあしばらくじっと見詰《みつ》めてごらんなさい。どうです、形のいいことは一等《いっとう》でしょう。」
 洋傘《ようがさ》直しはしばらくその花に見入ります。そしてだまってしまいます。
「ずいぶん寂《しず》かな緑《みどり》の柄《え》でしょう。風にゆらいで微《かす》かに光っているようです。いかにもその柄が風に靱《しな》っているようです。けれども実《じつ》は少しも動いておりません。それにあの白い小さな花は何か不思議《ふしぎ》な合図を空に送《おく》っているようにあなたには思われませんか。」
 洋傘直しはいきなり高く叫《さけ》びます。
「ああ、そうです、そうです、見えました。
 けれども何だか空のひばりの羽の動かしようが、いや鳴きようが、さっきと調子《ちょうし》をちがえてきたではありませんか。」
「そうでしょうとも、それですから、ごらんなさい。あの花の盃《さかずき》の中からぎらぎら光ってすきとおる蒸気《じょうき》が丁度《ちょうど》水へ砂糖《さとう》を溶《とか》したときのようにユラユラユラユラ空へ昇《のぼ》って行くでしょう。」
「ええ、ええ、そうです。」
「そして、そら、光が湧《わ》いているでしょう。おお、湧きあがる、湧きあがる、花の盃《さかずき》をあふれてひろがり湧きあがりひろがりひろがりもう青ぞらも光の波《なみ》で一ぱいです。山脈《さんみゃく》の雪も光の中で機嫌《きげん》よく空へ笑《わら》っています。湧きます、湧きます。ふう、チュウリップの光の酒《さけ》。どうです。チュウリップの光の酒。ほめて下さい。」
「ええ、このエステルは上等《じょうとう》
前へ 次へ
全9ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング