んごうしゃ》がじゃりじゃり云《い》いチュウリップはぷらぷらゆれ、陽がまた降《ふ》って赤い花は光ります。
 そこで砥石《といし》に水が張《は》られすっすと払《はら》われ、秋の香魚《あゆ》の腹《はら》にあるような青い紋《もん》がもう刃物《はもの》の鋼《はがね》にあらわれました。
 ひばりはいつか空にのぼって行ってチーチクチーチクやり出します。高い処《ところ》で風がどんどん吹きはじめ雲はだんだん融《と》けていっていつかすっかり明るくなり、太陽は少しの午睡《ごすい》のあとのようにどこか青くぼんやりかすんではいますがたしかにかがやく五月のひるすぎを拵《こしら》えました。
 青い上着《うわぎ》の園丁が、唐檜の中から、またいそがしく出て来ます。
「お折角《せっかく》ですね、いい天気になりました。もう一つお願《ねが》いしたいんですがね。」
「何ですか。」
「これですよ。」若い園丁《えんてい》は少し顔を赤くしながら上着のかくしから角柄《つのえ》の西洋剃刀《せいようかみそり》を取り出します。
 洋傘《ようがさ》直しはそれを受《う》け取《と》って開《ひら》いて刃《は》をよく改《あらた》めます。
「これはどこでお買いになりました。」
「貰《もら》ったんですよ。」
「研《と》ぎますか。」
「ええ。」
「それじゃ研いでおきましょう。」
「すぐ来ますからね、じきに三時のやすみです。」園丁は笑《わら》って光ってまた唐檜《とうひ》の中にはいります。
 太陽《たいよう》はいまはすっかり午睡《ごすい》のあとの光のもやを払《はら》いましたので山脈《さんみゃく》も青くかがやき、さっきまで雲にまぎれてわからなかった雪の死火山《しかざん》もはっきり土耳古玉《トルコだま》のそらに浮《う》きあがりました。
 洋傘直しは引き出しから合《あわ》せ砥《ど》を出し一寸《ちょっと》水をかけ黒い滑《なめ》らかな石でしずかに練《ね》りはじめます。それからパチッと石をとります。
(おお、洋傘直し、洋傘直し、なぜその石をそんなに眼《め》の近くまで持《も》って行ってじっとながめているのだ。石に景色《けしき》が描《か》いてあるのか。あの、黒い山がむくむく重《かさ》なり、その向《むこ》うには定《さだ》めない雲が翔《か》け、渓《たに》の水は風より軽《かる》く幾本《いくほん》の木は険《けわ》しい崖《がけ》からからだを曲《ま》げて空に向《むか》
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