とぁ無いぢゃぃ。」
「うんう、怖っかなぃ。」
「何ぁ怖っかなぃ。」
「風の又三郎ぁ云ったか。」
「何て云った。風の又三郎など、怖っかなぐなぃ。何て云った。」
「お父さんおりゃさ新らしきもの着せるって云ったか。」楢夫はまた泣きました。一郎もなぜかぞっとしました。けれどもお父さんは笑ひました。
「ああははは、風の又三郎ぁ、いゝ事《ごと》云ったな。四月になったら新らし着物買ってけらな。一向泣ぐごとぁなぃぢゃぃ。泣ぐな泣ぐな。」
「泣ぐな。」一郎も横からのぞき込んでなぐさめました。
「もっと云ったか。」楢夫《ならを》はまるで眼をこすってまっかにして云ひました。
「何て云った。」
「それがらお母《っか》さん、おりゃのごと湯さ入れで洗ふて云ったか。」
「ああはは、そいづぁ嘘《うそ》ぞ。楢夫などぁいっつも一人して湯さ入るもな。風の又三郎などぁ偽《うそ》こぎさ。泣ぐな、泣ぐな。」
 お父さんは何だか顔色を青くしてそれに無理に笑ってゐるやうでした。一郎もなぜか胸がつまって笑へませんでした。楢夫はまだ泣きやみませんでした。
「さあお飯《まま》食べし泣ぐな。」
 楢夫は眼をこすりながら変に赤く小さくなった眼
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