ものがあらはれました。
 それからしばらくたってフィーとするどい笛のやうな声が聞えて来ました。
 すると楢夫がしばらく口をゆがめて変な顔をしてゐましたがたうとうどうしたわけかしくしく泣きはじめました。一郎も変な顔をして楢夫を見ました。
 お父さんがそこで
「何した、家さ行ぐだぐなったのが、何した。」とたづねましたが楢夫は両手を顔にあてて返事もしないで却《かへ》ってひどく泣くばかりでした。
「何した、楢夫、腹痛ぃが。」一郎もたづねましたがやっぱり泣くばかりでした。
 お父さんは立って楢夫の額に手をあてて見てそれからしっかり頭を押へました。
 するとだんだん泣きやんでつひにはたゞしくしく泣きじゃくるだけになりました。
「何《な》して泣ぃだ。家さ行ぐだぃぐなったべぁな。」お父さんが云ひました。
「うんにゃ。」楢夫は泣きじゃくりながら頭をふりました。
「どごが痛くてが。」
「うんにゃ。」
「そだらなして泣ぃだりゃ、男などぁ泣がなぃだな。」
「怖《お》っかなぃ。」まだ泣きながらやっと答へるのでした。
「なして怖っかなぃ。お父さんも居るし兄《あい》なも居るし昼まで明りくて何《な》っても怖っかなぃご
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