その人はしづかにみんなを見まはしました。
「みんなひどく傷を受けてゐる。それはおまへたちが自分で自分を傷つけたのだぞ。けれどもそれも何でもない、」その人は大きなまっ白な手で楢夫《ならを》の頭をなでました。楢夫も一郎もその手のかすかにほほの花のにほひのするのを聞きました。そしてみんなのからだの傷はすっかり癒《なほ》ってゐたのです。
 一人の鬼がいきなり泣いてその人の前にひざまづきました。それから頭をけはしい瑪瑙の地面に垂れその光る足を一寸《ちょっと》手でいたゞきました。
 その人は又微かに笑ひました。すると大きな黄金《きん》いろの光が円い輪になってその人の頭のまはりにかゝりました。その人は云ひました。
「こゝは地面が剣でできてゐる。お前たちはそれで足やからだをやぶる。さうお前たちは思ってゐる、けれどもこの地面はまるっきり平らなのだ。さあご覧。」
 その人は少しかゞんでそのまっ白な手で地面に一つ輪をかきました。みんなは眼を擦《こす》ったのです。又耳を疑がったのです。今までの赤い瑪瑙の棘ででき暗い火の舌を吐いてゐたかなしい地面が今は平らな平らな波一つ立たないまっ青な湖水の面に変りその湖水はど
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