もうその人は一郎の近くへ来てゐました。
一郎はまぶしいやうな気がして顔をあげられませんでした。その人ははだしでした。まるで貝殻のやうに白くひかる大きなすあしでした。くびすのところの肉はかゞやいて地面まで垂れてゐました。大きなまっ白なすあしだったのです。けれどもその柔らかなすあしは鋭い鋭い瑪瑙《めなう》のかけらをふみ燃えあがる赤い火をふんで少しも傷つかず又|灼《や》けませんでした。地面の棘《とげ》さへ又折れませんでした。
「こはいことはないぞ。」微《かす》かに微かにわらひながらその人はみんなに云ひました。その大きな瞳《ひとみ》は青い蓮《はす》のはなびらのやうにりんとみんなを見ました。みんなはどう云ふわけともなく一度に手を合わせました。
「こはいことはない。おまへたちの罪はこの世界を包む大きな徳の力にくらべれば太陽の光とあざみの棘のさきの小さな露のやうなもんだ。なんにもこはいことはない。」
いつの間にかみんなはその人のまはりに環《わ》になって集って居りました。さっきまであんなに恐ろしく見えた鬼どもがいまはみなすなほにその大きな手を合せ首を低く垂れてみんなのうしろに立ってゐたのです。
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