呼びました。けれども楢夫はもう一郎のことなどは忘れたやうでした。たゞたびたびおびえるやうにうしろに手をあげながら足の痛さによろめきながら一生けん命歩いてゐるのでした。一郎はこの時はじめて自分たちを追ってゐるものは鬼といふものなこと、又楢夫などに何の悪いことがあってこんなつらい目にあふのかといふことを考へました。そのとき楢夫がたうとう一つの赤い稜《かど》のある石につまづいて倒れました。鬼のむちがその小さなからだを切るやうに落ちました。一郎はぐるぐるしながらその鬼の手にすがりました。
「私を代りに打って下さい。楢夫はなんにも悪いことがないのです。」
鬼はぎょっとしたやうに一郎を見てそれから口がしばらくぴくぴくしてゐましたが大きな声で斯《か》う云ひました。その歯がギラギラ光ったのです。
「罪はこんどばかりではないぞ。歩け。」
一郎はせなかがシィンとしてまはりがくるくる青く見えました。それからからだ中からつめたい汗が湧《わ》きました。
こんなにして兄弟は追はれて行きました。けれどもだんだんなれて来たと見えて二人ともなんだか少し楽になったやうにも思ひました。ほかの人たちの傷ついた足や倒れる
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