。それでも気分はよかった。
片っ方のスリッパが裏返しになってゐた。その女が手を延ばして直す風をした。おれはこんな赤いすれっからしが本統にそれを直すかどうかと考へながら黙ってそれを見てゐた。
女は本統にスリッパを直した。おれは外へ出た。
川が烈しく鳴ってゐる。一月十五日の村の踊りの太鼓が向岸から強くひゞいて来る。強い透明な太鼓の音だ。
川はあんまり冷たく物凄かった。おれは少し上流にのぼって行った。そこの所で川はまるで白と水色とぼろぼろになって崩れ落ちてゐた。そして殊更空の光が白く冷たかった。
(おれは全体川をきらひだ。)おれはかなり高い声で云った。
ひどい洪水の後らしかった。もう水は澄んでゐた。それでも非常な水勢なのだ。波と波とが激しく拍って青くぎらぎらした。
支流が北から落ちてゐた。おれはだまってその岸について溯った。
空がツンツンと光ってゐる。水はごうごうと鳴ってゐた。おれはかなしかった。それから口笛を吹いた。口笛は向ふの方に行ってだんだん広く大きくなってしまひには手もつけられないやうにひろがった。
そして向ふに大きな島が見えた。それはいつかの洪水でできてからもう余程の
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング