年を経たらしく高さも百尺はあった。栗や雑木が一杯にしげってゐた。
 おれはそっちへ行かうと思った。
 そしていつかもう島の上に立ってゐた。どうして川を渡ったらう、私は考へながらさびしくふり返った。
 たしかにそれは水が切れて小さなぴちゃぴちゃの瀬になってゐたのだ。
 おれは青白く光る空を見た。洪水がいつまた黒い壁のやうになって襲って来るかわからないと考へた。小さな子供のいきなりながされる模様を想像した。それから西の山脈を見た。それは碧くなめらかに光ってゐた。あんな明るいところで今雨の降ってゐるわけはない、おれは考へた。
 そらにひろがる高い雑木の梢を見た、あすこまで昇ればまづ大低の洪水なら大丈夫だ、そのうちにきっと弟が助けに来る、けれどもどうして助けるのかなとおれは考へた。
 いつか島が又もとの岸とくっついてゐた。その手前はうららかな孔雀石の馬蹄形の淵になってゐた。おれは立ちどまった。そして又口笛を吹いた。そして雑木の幹に白いきのこを見た。まっしろなさるのこしかけを見た。
 それから志木、大高と彫られた白い二列の文字を見た。
 瘠せてオーバアコートを着てわらじを穿いた男が青光りのさると
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