くきこえるか
それはじぶんにすくふちからをうしなつたとき
わたくしのいもうとをもうしなつた
そのかなしみによるのだが
   (ゆふべは柏ばやしの月あかりのなか
    けさはすずらんの花のむらがりのなかで
    なんべんわたくしはその名を呼び
    またたれともわからない声が
    人のない野原のはてからこたへてきて
    わたくしを嘲笑したことか)
そのかなしみによるのだが
またほんたうにあの声もかなしいのだ
いま鳥は二羽 かゞやいて白くひるがへり
むかふの湿地 青い蘆のなかに降りる
降りようとしてまたのぼる
  (日本武尊の新らしい御陵の前に
   おきさきたちがうちふして嘆き
   そこからたまたま千鳥が飛べば
   それを尊のみたまとおもひ
   蘆に足をも傷つけながら
   海べをしたつて行かれたのだ)
清原がわらつて立つてゐる
 (日に灼けて光つてゐるほんたうの農村のこども
  その菩薩ふうのあたまの容《かたち》はガンダーラから来た)
水が光る きれいな銀の水だ
※[#始め二重パーレン、1−2−54]さああすこに水があるよ
 口をすゝいでさつぱりして往かう
 こんなきれいな野はらだから※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
[#地付き](一九二三、六、四)
[#改丁、ページの左右中央に]

       オホーツク挽歌

[#改ページ]

  青森挽歌


こんなやみよののはらのなかをゆくときは
客車のまどはみんな水族館の窓になる
   (乾いたでんしんばしらの列が
    せはしく遷つてゐるらしい
    きしやは銀河系の玲瓏《れいろう》レンズ
    巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)
りんごのなかをはしつてゐる
けれどもここはいつたいどこの停車|場《ば》だ
枕木を焼いてこさへた柵が立ち
   (八月の よるのしじまの 寒天凝膠《アガアゼル》)
支手のあるいちれつの柱は
なつかしい陰影だけでできてゐる
黄いろなラムプがふたつ点《つ》き
せいたかくあをじろい駅長の
真鍮棒もみえなければ
じつは駅長のかげもないのだ
   (その大学の昆虫学の助手は
    こんな車室いつぱいの液体のなかで
    油のない赤|髪《け》をもじやもじやして
    かばんにもたれて睡つてゐる)
わたくしの汽車は北へ走つてゐるはずなのに
ここではみなみへかけてゐ
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