54]いまなん時です
三時四十分?
ちやうど一時間
いや四十分ありますから
寒いひとは提灯でも持つて
この岩のかげに居てください※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
ああ 暗い雲の海だ
※[#始め二重パーレン、1−2−54]向ふの黒いのはたしかに早池峰です
線になつて浮きあがつてるのは北上山地です
うしろ?
あれですか
あれは雲です 柔らかさうですね
雲が駒ヶ岳に被さつたのです
水蒸気を含んだ風が
駒ヶ岳にぶつつかつて
上にあがり
あんなに雲になつたのです
鳥海山《てうかいさん》は見えないやうです
けれども
夜が明けたら見えるかもしれませんよ※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
(柔かな雲の波だ
あんな大きなうねりなら
月光会社の五千噸の汽船も
動揺を感じはしないだらう
その質は
蛋白石 glass−wool
あるいは水酸化礬土の沈澱)
※[#始め二重パーレン、1−2−54]じつさいこんなことは稀なのです
わたくしはもう十何べんも来てゐますが
こんなにしづかで
そして暖かなことはなかつたのです
麓の谷の底よりも
さつきの九合の小屋よりも
却つて暖かなくらゐです
今夜のやうなしづかな晩は
つめたい空気は下へ沈んで
霜さへ降らせ
暖い空気は
上に浮んで来るのです
これが気温の逆転です※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
御室火口の盛《も》りあがりは
月のあかりに照らされてゐるのか
それともおれたちの提灯のあかりか
提灯だといふのは勿体ない
ひはいろで暗い
※[#始め二重パーレン、1−2−54]それではもう四十分ばかり
寄り合つて待つておいでなさい
さうさう 北はこつちです
北斗七星は
いま山の下の方に落ちてゐますが
北斗星はあれです
それは小熊座といふ
あの七つの中なのです
それから向ふに
縦に三つならんだ星が見えませう
下には斜めに房が下つたやうになり
右と左とには
赤と青と大きな星がありませう
あれはオリオンです オライオンです
あの房の下のあたりに
星雲があるといふのです
いま見えません
その下のは大犬のアルフア
冬の晩いちばん光つて目立《めだ》つやつです
夏の蝎とうら表です
さあみなさん ご勝手におあるきなさい
向ふの白いのですか
雪ぢやありません
けれども行つてごらんなさい
まだ一時間もありま
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