こからかすかな苦扁桃《くへんたう》の匂がくる
すつかり荒《す》さんだひるまになつた
どうだこの天|頂《ちやう》の遠いこと
このものすごいそらのふち
愉快な雲雀《ひばり》もとうに吸ひこまれてしまつた
かあいさうにその無窮遠《むきゆうゑん》の
つめたい板の間《ま》にへたばつて
瘠せた肩をぷるぷるしてるにちがひない
もう冗談ではなくなつた
画かきどものすさまじい幽霊が
すばやくそこらをはせぬけるし
雲はみんなリチウムの紅い焔をあげる
それからけはしいひかりのゆきき
くさはみな褐藻類にかはられた
こここそわびしい雲の焼け野原
風のヂグザグや黄いろの渦
そらがせはしくひるがへる
なんといふとげとげしたさびしさだ
(どうなさいました 牧師さん)
あんまりせいが高すぎるよ
(ご病気ですか
たいへんお顔いろがわるいやうです)
(いやありがたう
べつだんどうもありません
あなたはどなたですか)
(わたくしは保安掛りです)
いやに四かくな背《はい》嚢だ
そのなかに苦味丁幾《くみちんき》や硼酸《はうさん》や
いろいろはひつてゐるんだな
(さうですか
今日なんかおつとめも大へんでせう)
(ありがたう
いま途中で行き倒《だふ》れがありましてな)
(どんなひとですか)
(りつぱな紳士です)
(はなのあかいひとでせう)
(さうです)
(犬はつかまつてゐましたか)
(臨終《りんじゆう》にさういつてゐましたがね
犬はもう十五哩もむかふでせう
じつにいゝ犬でした)
(ではあのひとはもう死にましたか)
(いゝえ露がおりればなほります
まあちよつと黄いろな時間だけの仮死《かし》ですな
ううひどい風だ まゐつちまふ)
まつたくひどいかぜだ
たふれてしまひさうだ
沙漠でくされた駝鳥《だてう》の卵
たしかに硫化水素ははひつてゐるし
ほかに無水亜硫酸
つまりこれはそらからの瓦斯の気流に二つある
しようとつして渦になつて硫黄|華《くわ》ができる
気流に二つあつて硫黄華ができる
気流に二つあつて硫黄華ができる
(しつかりなさい しつかり
もしもし しつかりなさい
たうとう参つてしまつたな
たしかにまゐつた
そんならひとつお時計をちやうだいしますかな)
おれのかくしに手を入れるのは
なにがいつたい保安掛りだ
必要が
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