くなつて
眩ゆい芝生《しばふ》がいつぱいいつぱいにひらけるのは
さうとも 銀杏並樹《いてふなみき》なら
もう二哩もうしろになり
野の緑青《ろくしやう》の縞のなかで
あさの練兵をやつてゐる
うらうら湧きあがる昧爽《まいさう》のよろこび
氷ひばりも啼いてゐる
そのすきとほつたきれいななみは
そらのぜんたいにさへ
かなりの影《えい》きやうをあたへるのだ
すなはち雲がだんだんあをい虚空に融けて
たうとういまは
ころころまるめられたパラフヰンの団子《だんご》になつて
ぽつかりぽつかりしづかにうかぶ
地平線はしきりにゆすれ
むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が
うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて
あるいてゐることはじつに明らかだ
(やあ こんにちは)
(いや いゝおてんきですな)
(どちらへ ごさんぽですか
なるほど ふんふん ときにさくじつ
ゾンネンタールが没《な》くなつたさうですが
おききでしたか)
(いゝえ ちつとも
ゾンネンタールと はてな)
(りんごが中《あた》つたのださうです)
(りんご ああ なるほど
それはあすこにみえるりんごでせう)
はるかに湛《たた》へる花紺青の地面から
その金いろの苹果《りんご》の樹が
もくりもくりと延びだしてゐる
(金皮のまゝたべたのです)
(そいつはおきのどくでした
はやく王水をのませたらよかつたでせう)
(王水 口をわつてですか
ふんふん なるほど)
(いや王水はいけません
やつぱりいけません
死ぬよりしかたなかつたでせう
うんめいですな
せつりですな
あなたとはご親類ででもいらつしやいますか)
(えゝえゝ もうごくごく遠いしんるゐで)
いつたいなにをふざけてゐるのだ
みろ その馬ぐらゐあつた白犬が
はるかのはるかのむかふへ遁げてしまつて
いまではやつと南京鼠《なんきんねずみ》のくらゐにしか見えない
(あ わたくしの犬がにげました)
(追ひかけてもだめでせう)
(いや あれは高価《たか》いのです
おさへなくてはなりません
さよなら)
苹果《りんご》の樹がむやみにふえた
おまけにのびた
おれなどは石炭紀の鱗木《りんぼく》のしたの
ただいつぴきの蟻でしかない
犬も紳士もよくはしつたもんだ
東のそらが苹果林《りんごばやし》のあしなみに
いつぱい琥珀をはつてゐる
そ
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