ない どなつてやらうか
どなつてやらうか
どなつてやらうか
どなつ……
水が落ちてゐる
ありがたい有難い神はほめられよ 雨だ
悪い瓦斯はみんな溶けろ
(しつかりなさい しつかり
もう大丈夫です)
何が大丈夫だ おれははね起きる
(だまれ きさま
黄いろな時間の追剥め
飄然たるテナルデイ軍曹だ
きさま
あんまりひとをばかにするな
保安掛りとはなんだ きさま)
いゝ気味だ ひどくしよげてしまつた
ちゞまつてしまつたちひさくなつてしまつた
ひからびてしまつた
四角な背嚢ばかりのこり
たゞ一かけの泥炭《でいたん》になつた
ざまを見ろじつに醜《みにく》い泥炭なのだぞ
背嚢なんかなにを入れてあるのだ
保安掛り じつにかあいさうです
カムチヤツカの蟹の缶詰と
陸稲《をかぼ》の種子がひとふくろ
ぬれた大きな靴が片つ方
それと赤鼻紳士の金鎖
どうでもいゝ 実にいゝ空気だ
ほんたうに液体のやうな空気だ
(ウーイ 神はほめられよ
みちからのたたふべきかな
ウーイ いゝ空気だ)
そらの澄《ちよう》明 すべてのごみはみな洗はれて
ひかりはすこしもとまらない
だからあんなにまつくらだ
太陽がくらくらまはつてゐるにもかゝはらず
おれは数しれぬほしのまたたきを見る
ことにもしろいマヂエラン星雲
草はみな葉緑素を恢復し
葡萄糖を含む月光液《げつくわうえき》は
もうよろこびの脈さへうつ
泥炭がなにかぶつぶつ言つてゐる
(もしもし 牧師さん
あの馳せ出した雲をごらんなさい
まるで天の競馬のサラアブレツドです)
(うん きれいだな
雲だ 競馬だ
天のサラアブレツドだ 雲だ)
あらゆる変幻の色彩を示し
……もうおそい ほめるひまなどない
虹彩はあはく変化はゆるやか
いまは一むらの軽い湯気《ゆげ》になり
零下二千度の真空溶媒《しんくうようばい》のなかに
すつととられて消えてしまふ
それどこでない おれのステツキは
いつたいどこへ行つたのだ
上着もいつかなくなつてゐる
チヨツキはたつたいま消えて行つた
恐るべくかなしむべき真空溶媒は
こんどはおれに働きだした
まるで熊の胃袋のなかだ
それでもどうせ質量不変の定律だから
べつにどうにもなつてゐない
といつたところでおれといふ
この明らか
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