ばかり泡《あわ》を口の端《はし》に吹いて、うれしそうにその樹にのぼろうとしました。実はそれは椰子の樹ではなく、その幹《みき》はかたく、すべすべしておりました。その上に蟹は脚《あし》も二本少くなっておりましたからなかなかのぼるのに難儀でした。それでも自分の好きな椰子の実の新しいのを、久しぶりで喰《た》べられるという考えから、一生懸命に樹に登りました。そしてその実を鋏《はさみ》でチョキンと切って落しました。蟹は又《また》難儀をして、樹から降り、その実を割ってみましたが、元より椰子の実が神戸にあろう筈《はず》はありません。まだ見たことのない妙なものでした。そこで又樹に登って、又一つ実をチョキンと切り落しては、降りて来て、喰べようとすると、やはり同じ喰べられない実です。もう一度登ってチョキンと切り落して、降りて喰べようとすると、やはり喰べられない実です、こうして幾度も幾度も登ったり、降りたりして、もう樹の上にはたった一つだけしか実が残らなくなったとき、無理をしていた蟹の力はすっかり尽きて、高い梢《こずえ》からぱたりと下に落ちてしまいました。
夜《よ》があけました。宿屋の人が起きてみると、風も
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