ろで育った蟹には寒いということは分りませんでした。
「何だか甲羅《こうら》の中で身が縮んでしまう。妙に熱くて、甲羅がピリピリ痛い。」と、蟹は思いました。熱いくるしみだけより知らない蟹には、寒いときの苦しさもやはり熱いからだと思ったのです。
こんなことが余程《よほど》ながく続きましたので、蟹はすっかり弱ってしまいました。甲羅の色も悪くなり、足も二本ばかりぼろぼろになってもげてしまいました。すると或《ある》ときでした。人が箱の蓋をしっかり閉《し》めるのを忘れたと見え、いっもとちがって、蒼白《あおじろ》い光りが上の方からさして来ます。蟹は不思議に思って、大分《だいぶ》不自由になった足を動かして、その光の漏れる穴のところへ行ってみました。穴はかなりに大きくて、蟹はすぐそこから這《は》い出すことが出来ました。
外は十二月の夜で、月が真白《まっしろ》い霜にさえておりました。蟹の出たのは神戸《こうべ》の或《ある》宿屋の中庭だったのです。あたりはしんとしております。蟹はふしぎそうに見廻《みまわ》しますと、そこに一本の樹があって、それに実がなっております。
「椰子の実だ。椰子の実だ。」
蟹はわずか
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