それは一寸見たゞけでは只《ただ》真白《まつしろ》な絹布のやうに見えました。
「なんだ、こりや白羽二重《しろはぶたへ》ぢやないか。こんなものが何で天の羽衣だ。」
その人は嘲《あざけ》り笑つて立ち去りました。すると又一人の女が見せてくれと言ひますから、出してみせますと、かう申しました――
「マア珍らしく奇麗だこと、そしていくらで売らうといふのだね。」
「えゝ千両で売り度いと存じます。」
「マア途方もない! せめて十両ぐらゐなら私《わたし》も買つてみようけれど……」
その女は驚いたふうをして立ち去りました。こんな工合で、一日中売つて歩きましたけれど、誰《だれ》も買つてくれる人がありません。お爺さんはガツカリして、とある海岸までくると、かう思ひました――
「えゝ天人のものなんかは地の人間が買やしない。私達《わたしたち》がいつまで之《これ》をもつてゐたところが何の用にもたりないから、いつそのこと是《これ》は竜宮様へ差し上げてしまへ。」と、海の中へ天の羽衣を抛《はふ》り込んで、さつさと家《うち》へ帰り、床に入つて、寝てしまひました。すると間もなく戸口で鈴をかけた馬の音が聞えて、それが立止まつた
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