右斜、前方の水平線に三本煙突、二本マストの巨船が、こちらの航路をおさへるやうに走つて来る。四段にかまへた甲板、舳《へさき》や艫《とも》の形などからして、勿論《もちろん》、軍艦ではない。旅客船だ。
 速い、速い! 見る/\うちに双方の距離が五千メートルになつた。と忽ち、その前檣《ぜんしやう》にさら/\と上がつたのはドイツの鉄十字! あゝ、つひに恐しい海の上の狼《おほかみ》、「ウルフ号」は現れた。羊《ひつじ》の皮を着た狼とは、まさしくこのことである。表面は平和な客船に見えてゐるけれど、艦長が電気|釦《ぼたん》を一つ押せば、忽《たちま》ち武装いかめしい軍艦に変るのだ。今まで何にも見えなかつた舷側には、この時|俄《には》かに砲門がずらりと開いて、大砲がによき/\[#「によき/\」に傍点]と頭を出し、前後の甲板には十八サンチ砲がにゆうつ[#「にゆうつ」に傍点]とせり上つた。
 と、忽ち、その横檣《わうしやう》に万国信号旗がひら/\と上つた。中原はそれを見て、さも軽蔑《けいべつ》するやうに言つた。
「ふん、海賊のおきまりの脅《おど》し文句だ。『止れ、我、汝《なんぢ》に語るべき用事あり。』と言ふん
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