ルばかりも上って行きました。その辺まで昇って、あの怪物達の鳴声が下の方からかすかに聞えるようになった時、彼はポリデクティーズ王のところへメヅサの首を持って帰るために、セライファス島をさして一直線に飛びました。
 パーシウスが帰る途中で、今にも一人の美しい少女を呑もうとしているおそろしい海の怪物を退治《たいじ》たとか、又ちょっとゴーゴンの首を見せただけで、とても大きな巨人を石の山にしてしまったとかいったような、幾つかの驚くべき出来事もあるが、時間がないから略しておきましょう。しかし巨人を石の山にした話などは眉唾ものだと思うなら、君達そのうちにアフリカへ行って見るといい。今でもその巨人の名で知られている山が、ちゃんとあるんだから。
 とうとう、勇敢なパーシウスは島へ帰り着きました。そしてなつかしい母親に会えると思っていました。ところが、彼の留守の間に、悪いポリデクティーズ王が、ダネイに対して大変ひどくしましたので、彼女は逃げ出さずにはいられなくなって、或るお寺に隠れていました。そのお寺では、年取った、いいお坊さん達が、彼女にたいそう親切にしてくれました。これらの感心なお坊さん達と、それからダネイと小さなパーシウスとが箱に入れられて流されて来たのを見て最初に彼等二人をいたわってくれたあの漁師とだけが、この島では正しいことをしようと心がけている人達のようでした。そのほかの人達は、ポリデクティーズ王に限らず、みんな行《おこな》いが悪くてちょうどこれから起ろうとするような目に遇うのがあたりまえでした。
 お母さんが家に見えないので、パーシウスはまっすぐに王宮へ行きました。そしてすぐに王様の前へ通されました。ポリデクティーズは彼に会うことをちっとも喜んでいませんでした。というのは、彼は意地悪い心の中で、ゴーゴン達が哀れなパーシウスをずたずたに引裂いて、彼の邪魔にならないように、呑んでしまってくれたものとばかり思っていたからでした。ところが、彼がけろり[#「けろり」に傍点]として帰って来たので、王様はそれに対して出来るだけいやな顔を見せないようにして、パーシウスがどんな風にして成功したかを尋ねました。
『お前は約束を果したかね?』と王様は訊きました。『お前は蛇の髪をしたメヅサの首を持って帰ったかね? でないと、お前、ひどい目に遇うぞよ。わしは、美しいヒポデイミヤ姫に対する婚礼の贈物が是非ほしいのだが、メヅサの首ほど姫の気に召すものは外にないのじゃから。』
『はい、おそれながら、』とパーシウスは、落着いて、メヅサ退治くらいは彼ほどの若者にとっては別に大して驚くほどのことでもないといった風に答えました。『私はメヅサの首を、蛇の髪も何もついたままそっくり持参いたしました!』
『それは本当か! どれどれ見せなさい、』とポリデクティーズ王は言いました。『もしも旅人達の言うことがみんな本当だとしたら、それはまことに珍らしい見ものに違いない!』
『仰せの通りにございます、』とパーシウスは答えました。『それは本当に、誰でも一ぺん見たら、もうその方に目を吸いつけられてしまうことは、ほぼ間違いのないものでございます。そして、もしも陛下さえよろしいとお思召すならば、休日をおふれだしになり、陛下の人民を全部お呼び集めになりまして、このすばらしい珍品をお見せ遊ばしてはいかがでございましょう。私が思いまするに、ゴーゴンの首を今までに見た者も、またおそらくこの先二度と見る者もあまりございますまいから!』
 王様は彼の人民が、どうにもならないような怠け者の集まりで、そうした連中の常として、たいへん物見高いということをよく知っていました。そこで彼は若者の意見を容《い》れて、四方にお触役《ふれやく》や使者を送って、街角や市場や、また至る処の四辻で喇叭《らっぱ》を吹かせて、人民を全部宮廷に呼び集めました。そこで、やくざな浮浪者の大群が宮廷さして集まって来ましたが、彼等はみんな、ただ他人《ひと》の不幸をよろこぶ心から、パーシウスがもしもゴーゴン達との勝負で何かひどい目に遇っていたら、うれしがったような人間ばかりでした。もしその島にもっといい人達がいたとしたら(この話にはそんな人達のことはちっとも出て来ないけれども、僕はそんな人もいただろうと本当に思うのですが)、彼等は静かに家に残って、自分の仕事にいそしんだり、子供達の面倒を見たりしていたでしょう。それはとにかく、人民の大部分は一目散に王宮へ駆けつけて、露台《バルコニ》へ近づこうとして夢中になって、互に突飛ばしたり、押したり、かき分けたりし合いました。露台にはパーシウスが現れて、縫取りをした袋を手に持っていました。
 露台が一杯に見える一段高くなった所には、半円形にずらりと列《なら》んだ、悪い顧問官達や、おべっか使いの廷臣達にかこまれて、えらいポリデクティーズ王が着座していました。王様や顧問官や廷臣や人民は、みんな熱心にパーシウスの方を見つめていました。
『その首を見せろ! その首を見せろ!』と人々は叫びました。彼等の叫びには、もしもこれから出して見せる物が彼等を満足させる程のものでなかったら、パーシウスをずたずたに引裂きかねないような烈しさがありました。『蛇の髪をしたメヅサの首を見せろ!』
 若いパーシウスは、悲しいような、気の毒なような気持になりました。
『おう、ポリデクティーズ王様、』と彼は叫びました、『そして大勢《おおぜい》の方々《かたがた》、私はあなた方にゴーゴンの首をお見せすることは、ひどく気がすすまないのです!』
『ああ、この悪党の卑怯者!』と、人々は前よりもはげしくわめき立てました。『あいつはわれわれを馬鹿にしてやがる! あいつはゴーゴンの首なんぞ持っていないんだ! もし持っているんなら、われわれにそれを見せろ! でないとお前の首をもらって、フットボールにしてしまうぞ!』
 いけない顧問官達は、王様に耳打して、悪い智恵をつけました。廷臣達は一斉に、パーシウスが彼等の王様であり主君である陛下に対して不敬を敢てしたと呟きました。そして、えらいポリデクティーズ王自身は、手を振って、威厳のある、きびしい、太い声で、わが身の危険も知らずに、その首を出して見せよとパーシウスに命じました。
『わしにゴーゴンの首を見せよ。さもなければお前の首を打ち落すぞ!』
 それを聞いて、パーシウスは溜息をつきました。
『今すぐに、』とポリデクティーズはまた言いました、『でなければ命がないぞ!』
『では、お目にかけましょう!』とパーシウスは、喇叭を吹き鳴らしたような声で叫びました。

 そして彼がメヅサの首を、さっと差上げると瞬《まばた》きをする暇もなく、悪いポリデクティーズ王と、いけない顧問官達と、獰猛な全人民とは、単に王とその人民との群像でしかなくなっていました。彼等はみんな永久に、その瞬間の顔附と姿勢とのままで、固まってしまったのです! 恐るべきメヅサの首を一目見ただけで、彼等は白い大理石になってしまったのです! そこでパーシウスは、またメヅサの首を袋に入れて、もう悪いポリデクティーズ王をこわがる必要のなくなったことを知らせに、なつかしいお母さんの許《もと》へ急ぎました。
[#改ページ]

    タングルウッドの玄関
       ――話のあとで――

『大変面白いお話じゃなかった?』とユースタスは訊いた。
『ええええ、面白いお話だったわ!』とカウスリップは手をたたいて叫んだ。『そしてあの、仲間で目が一つしかない、おかしなおばあさん達なんて! あたしそんな不思議なことって今まで聞いたことがないわ。』
『でも、そのおばあさん達がやりとりしていた一本の歯のことなら、』とプリムロウズが言い出した、『別に驚くほどのことはないわ。それは義歯《いれば》だったのよ。しかし、にいさんはマーキュリをクイックシルヴァにしてしまったり、また彼の姉妹の話を入れたりなんかして! あんまりおかしいじゃないの!』
『じゃ、あれは姉妹じゃなかったのかね?』とユースタス・ブライトは訊いた。『僕それに早く気がついていたら、彼女を梟なんか可愛がって飼ってるようなお嬢さんに仕立てるんだったなあ!』
『あら、それでも、あなたのお話で霧が晴れちゃったらしいわ、』とプリムロウズは言った。
 実際、その話がつづけられているうちに、野山から霧はすっかり消え去っていた。彼等の前に繰りひろげられた景色は、この前に見た時と方角一つ違っているわけでもないのに、まるで新しくつくり出されたもののような気がするほどだった。半マイルばかり先の谷間の窪《くぼ》に、美しい湖水が姿を見せて、その岸辺の林と、向うの山々の頂とをくっきりと映していた。その水面は鏡のように静かに光って、どこにも微風《そよかぜ》の吹くあとさえ見えなかった。その向う岸には、殆ど谷間を横に仕切ったように、ながながと寝そべったような恰好のモニュメント山があった。ユースタス・ブライトはその山を、波斯《ペルシャ》風のショールにくるまった、首のないスフィンクスに譬えた。そして実際、その山の木々《きぎ》の秋の葉は、とても美事で、色彩の変化に富んでいたので、波斯《ペルシャ》ショールの譬えも決してその現実を誇張したものではなかった。タングルウッドと湖水との間の低地の、こんもりとした木森《きもり》や林の縁廻りなどは、山腹の木の枝葉《えだは》よりもひどく霜を受けたと見えて、大抵は金色か焦茶色に紅葉していた。
 こうした眺め一杯に快い日の光がさして、それにまつわるかすかな靄《もや》のために、何とも言えない柔味《やわらかみ》とやさしみとを帯びていた。おう、今日こそどんなに気持のいい小春日になることだろう! 子供達は勢よくバスケットを取上げて、飛んだり跳ねたり、思いきりはしゃいだり、ふざけたりしながら出発した。一方|従兄《いとこ》のユースタスは子供達の思い思いのはしゃぎ方のまだ上手《うわて》を行って、いろいろ変ったふざけ方をして見せたので、子供達も、とてもその真似は出来ないと諦めてしまった位で、立派にこの一行の首領たる資格を証明したわけであった。そのあとからは、ベンという立派な老犬がついて行った。ベンは動物としては珍らしいくらい立派な、親切な犬だったが、どうやら、このおっちょこちょい[#「おっちょこちょい」に傍点]のユースタス・ブライト以上の監督なしで、これらの子供達を親達の許《もと》から離れさしては、自分の責任になるとでも感じているらしかった。
[#改丁]

    シャドウ・ブルック 
       ――「何でも金になる話」の前に――

 お昼に、子供達の一行は、或る谿間《たにま》に集まった。その底の方を小さな谷川が流れていた。谿は狭くて、その両側が、川の縁《ふち》から急な斜面になっていて、樫や楓まじりに、主として胡桃《くるみ》と栗の木とが深く茂っていた。夏の頃には、小川の両岸から突き出して互に入りまじった沢山の枝が、ぎっしりと、昼も暗いほどに深くしげっていた。蔭谷川《シャドウ・ブルック》の名は、そこから来ているのである。しかし、この奥まった場所へも秋がしのび込んで来た今では、小暗《おぐら》い青葉もすべて金色に変って、谿間に蔭を落すどころか、本当にそこをぱっと明るくしていた。曇った日でさえ、その明るい黄葉のところは、日の光が照り残っているように見えたであろう。そしてまた、川の床《とこ》にも縁にも一杯に、沢山の黄葉が落ちて、日の光をばらまいたようだった。こうして、夏もここで涼んで行ったかと思われる小暗《おぐら》い谷蔭《たにかげ》が、今では何処にも見られないような明るい場所になっていた。
 そうして金色になった水路を伝って流れる谷川は、この辺でちょっと淀《よど》んで、溜《たまり》のようになっていて、その中には※[#「魚+條」、第4水準2−93−74]魚《やなぎばえ》がすいすいと泳ぎ廻っていた。流れはそれからまた速くなって、湖へ行き着くのを急ぐもののようであった。そのうちに、川幅一杯に根を張った木があって、その根にぶっつかった水は、もんどり打って
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三宅 幾三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング