のくせ、彼等は、それが一旦世間に知れたら、文壇の王座にでも坐れるもののように考え勝ちである。そんなわけで、ユースタスも、あまりさからおうとしないで、プリムロウズとペリウィンクルとに、客間の中へひきずり込まれて行った。
 それは大きな、立派な部屋で、一方の端に半円形の窓があって、そこの壁の凹んだところに、グリーナウ作の「天使と小児」の大理石の複製が飾ってあった。いろりの一方の側には、重々《おもおも》しく、しかし贅沢に装幀した本が、幾段にも棚にならんでいた。アストラル・ランプの白い光と、よく燃えている石炭の赤い火とで、部屋はあかあかと気持よく照らされていた。そして、いろりの火の前の深い肱掛椅子には、プリングル氏がかけていたが、その様子は、そうした部屋の、そうした椅子に坐るのに、いかにもふさわしかった。彼は額《ひたい》の禿上った、背の高い、大変立派な紳士だった。そしていつも大変きちんとした身なりをしていたので、ユースタス・ブライトでさえ、彼の前に出る時には、少なくとも閾のところでちょっと止まって、シャツのカラーをちゃんと直さないと気がすまなかった。しかし今は、プリムロウズが彼の一方の手を、そしてペリウィンクルが他の方の手をつかまえているので、彼はまるで一日じゅう雪の中をころがりまわっていたような、だらしのない恰好ではいって行くほかなかった。また事実、一日じゅう雪の中にいたにはちがいなかったが。
 プリングル氏は随分とやさしく学生の方を振り向いたのであったが、それでも学生の方ではその態度に圧《お》されて、自分がまるで櫛もブラシも当てないで来たこと、それに心も考えも、身なりと同じように、まるで、まとまっていないというので、気が引けるのであった。
『ユースタス、』とプリングル氏は微笑を浮かべて言った、『君は話の腕前のいいところを見せて、タングルウッドの子供達の間で、大変評判になっているそうだね。この子――子供達仲間じゃプリムロウズといってるそうだが――それからほかの子供達もみんな、あまりやかましく君の話をほめるんで、家内とわたしとも、是非その見本を一つ聞いてみたくなったんだがね。殊にそれが、ギリシャ、ローマの古い寓話を現代的な空想や感情を盛《も》った言いあらわし方に変えようとする試みらしいので、わたしには一層面白そうに思える。子供達からの又聞《またぎ》きだが、話の中のいくつかの出来事から、わたしは、少くともそう判断したのさ。』
『こうした気まぐれな想像でやっている話を、おじさんなんかに聞かれるのは、ちょっと困るなあ、』と学生は言った。
『そうかも知れない、』プリングル氏は答えた。『しかし、一番苦手だという気がする人こそ、若い作家にとって最も有難い批評家じゃないかとわたしは思うんだが。だから、是非わたしに聞かしてくれたまえ。』
『同情ということも、批評家の資格として、多少なくてはならないと僕は思うんです、』ユースタス・ブライトは、つぶやくように言った。『しかし、おじさん、辛抱して聞いて下さるなら、僕話を考えましょう。しかし、僕は子供達の想像と共鳴とを目やすとして話すのであって、おじさんにむかって話すんじゃないということを、頭においといていただきたいんです。』
 そこで、学生は心に浮かんだ最初の題目《テーマ》を捉えた。それは、ちょうど彼が炉棚の上に見つけた一皿の林檎から思いついたものであった。
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    三つの金のりんご

 ヘスペリディーズの庭になっていたという金《きん》の林檎《りんご》のことを君達は聞いたことがありますか? ああ、もしも今そんなのが果物畑になっているのが見つかったとしたら、一ブッシェルでも大したお金《かね》になろうというような林檎でした! しかし、この広い世界にも、その林檎から接木《つぎき》した木は一本だってないだろうと思います。その林檎の種一つぶだって、もうありはしません。
 そして、ヘスペリディーズの庭がまだ雑草で蔽われていなかった、古い、古い、半分忘れられてしまったような昔でさえも、たいていの人達は、中まで金《きん》で出来た林檎がその枝になっている木が本当にあるかどうか、うたがっていました。みんなその話を聞いていたのですが、誰もそれを見たおぼえはありませんでした。それでも、子供達は、金の林檎のなる木の話を夢中になって聞いていて、大きくなったらそれを見つけてやろうと思いました。仲間の誰よりも勇ましいことをやって見たいと思っている冒険好きの青年達は、この林檎を捜しに出かけました。彼等の多くは、そのまま帰って来ませんでした。勿論、そんな林檎を持って帰ったものは一人もありません。誰が行っても、それをもげないのも無理はありませんでした。その木の下には一疋の竜がいて、その竜の頭は百の蛇になっていて、そのうちの五十が眠っている間は、あとの五十が見張りをしているという話なんですから。
 僕なんかから見ると、中まで金の林檎だからといって、それほどの危険をおかす値打はなさそうに思います。それがまた、実においしい、やわらかい、おつゆのたっぷりある林檎だったら、話は別です。その時には、たとえ百の頭を有《も》った竜がいたところで、それを取ろうとすることは、多少の意味があったかも知れません。
 しかし、前に言った通り、あまり長い平和と休息にあきて来ると、ヘスペリディーズの庭を捜しに行くということが、青年達には全く普通のことだったのです。そして或《ある》時、この冒険が一人の勇士によって企てられましたが、この勇士と来ては、この世へ出てから、ほとんど平和や休息を味わったことのないような荒武者でした。ちょうど僕がこれから話をしようと思っている頃のことでしたが、彼はとても大きな棍棒を手に持ち、弓と箭筒《やづつ》とを肩にかけて、気持のいいイタリーの国中を旅して歩いていました。彼はこれまでに現れたこともないような、大きな、はげしい獅子を自分で退治て、その皮をはいで着ていました。そして、大体に於て、彼は親切で、度量があって、人物も高尚でしたが、心にはまるでその獅子のように激《はげ》しいところが大いにありました。彼は旅をつづけながら、始終、あの有名な庭へはこう行っていいのかどうかを尋ねました。しかし、田舎の人達は誰もそんなことは一向知らなかったので、多くの者は、もしも、その見知らぬ人がそんな大きな棍棒をさげていなかったら、その質問を笑ってやるんだがといったような顔をしました。
 そうして、彼はやはり同じことを訊きながら、どんどん旅をつづけて、とうとうおしまいに、或る河の縁へ来ました。そこには幾人かの美しい若い女達が坐って、花環をあんでいました。
『可愛らしい娘さん達、ちょっとうかがいますが、ヘスペリディーズの庭へは、この道を行けばいいのでしょうか?』とその見知らぬ人は尋ねました。
 その若い女達は、花を輪にあんで、お互の頭にかぶせ合って、みんなで楽しく遊んでいたのでした。そして彼等の指には、一種の不思議な力があると見えて、彼等がもてあそんでいると、花はもとの茎に咲いていた時よりも、よけいにいきいきと水気を含んで、色合いも一層あざやかに匂いも更に強くなるのでした。しかし、その見知らぬ人の質問を聞くと、彼等は花をみんな草の上に取り落して、おどろいて彼を見つめました。
『ヘスペリディーズの庭ですって!』と一人が叫びました。『あんなに幾度も失敗したんだから、人間はもうその庭を捜すのはいやになったんだろうとあたし達は思っていましたわ。そして、冒険好きの旅の方、一体あなたはその庭へ行って、どうなさろうというの?』
『僕のいとこに当る、或る王様が、金の林檎を三つ取って来いと僕に言いつけたんです、』と彼は答えました。
『あの林檎を捜しに来る若い男の人達は、たいてい、自分でそれがほしいか、でなければ、好きなきれいな娘さんに上げたがるんだけどねえ、』と今一人の若い女が言いました。『それじゃ、あなたは、いとこの王様がそんなにお好きなんですか?』
『あまり好きでもないんです、』とその見知らぬ人は、溜息をつきながら答えました。『彼は度々僕に対して、つらく、ひどく当るのです。しかし、彼に従うのは僕の運命です。』
『そしてあなたは、百の頭を有《も》った、おそろしい竜があの金の林檎の木の下で見張りをしていることは御存じですか?』と最初口をきいた娘が尋ねました。
『ようく知っています、』と見知らぬ人は静かに答えました。『しかし、小さい時から、毒蛇や竜を相手にすることは、僕の仕事みたいな、いや、ほとんど楽しみみたいなものでした。』
 若い女達は彼の大きな棍棒と、彼の着ているもじゃもじゃの獅子の皮と、それからいかにも勇士らしい彼の手足や身体《からだ》つきを見ました。そして彼等は、この人なら、いかにもほかの男達の力にはとても及ばないようなことでもやってのけようというのも尤もだと、お互にささやき合いました。しかし、それにしても、百の頭を有《も》ったあの竜がいては! たとえ百の命があったとて、そんな怪物の毒牙をのがれる見込みのある人間なんているでしょうか? その娘たちは大変やさしい心をしていたので、彼等はこの勇敢な、立派な旅人がそんなあぶないことを企てて、九分九厘、あの竜の百もある口に食われて、命を捨てるのを見るにしのびない気がしました。
『お帰りなさい、』彼等はみんなで叫びました。『御自分のおうちへお帰りなさい! あなたのお母さまは、あなたの無事息災な姿を見て、うれし涙にくれるでしょう。たとえあなたが竜に勝って帰ったところで、お母さまがそれ以上お喜びになれるわけはないでしょう。金の林檎なんか、どうだっていいじゃありませんか! あなたのひどいいとこの王様なんか、かまうものですか! あたし達は、百の頭をしたあの竜なんかに、あなたをたべさせたくないのです!』
 見知らぬ人は、こんな風にいろいろといさめられて、じれったくなって来た様子でした。彼は何の気もなく、彼の大きな棍棒を上げて、その辺の、半分土に埋まった石の上にどんとおろしました。そうして何の気もなしに、とんとやっただけで、その大きな石はがらがらにこわれてしまいました。こうした巨人のような力わざをやるにも、その見知らぬ人には、娘達の一人が、花で姉妹の頬をなでるほどの力しか要らなかったのでした。
『こんな風にどんとやると、その竜の百の頭の一つくらいは、ぺしゃんこになると思いませんか?』と彼は、にこやかに娘達を見ながら言いました。
 それから彼は草の上に坐って、彼の身の上話、といっても、最初彼が戦士の真鍮の盾の上で育てられてからこの方、おぼえているだけのことを彼等に話しました。彼が盾の上にねていた時、二疋の大きな毒蛇が床《ゆか》の上を這《は》って来て、おそろしい口をあけて彼を呑もうとしました。彼はまだ幾月にもならない赤坊でしたが、そのおそろしい蛇を一疋ずつ、小さな両手につかんで、それらを締め殺してしまいました。彼はまだほんの少年の頃、彼が今その大きな、もじゃもじゃの毛皮を肩にかけている獅子と殆ど同じくらい大きなやつを退治ました。その次に彼がやったのは、ハイドラというおそろしい怪物とのたたかいでした。それは九つも頭があって、その一つ一つに、とても鋭い歯をもっていました。
『だって、ヘスペリディーズの竜には、百も頭があるんですよ、』と娘達の一人が口を入れました。
『それでも、』と見知らぬ人は答えました、『僕は、そんな竜が二疋でかかって来ても、ハイドラ一疋よりも、楽《らく》だと思うなあ。というのは、ハイドラと来ちゃ、一つ頭をちょん切《ぎ》ったと思うと、すぐそのあとから二つの頭が生えて来るというわけですからね。その上、どうしても死なないで、切り落したあとでも長い間、同じような激しさで、いつまでも咬みに来るという頭が一つあるんです。だから僕は仕方なしに、それを石の下に埋めて来ましたが、そいつはきっと今でも生きているでしょう。しかし、ハイドラの胴体と、ほかの八つの頭とは、もうこの上害をするようなことは決してないでしょう。』
 娘達は話が大
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