なっている大変いい、美しいものを知っているんですよ!』
『おう、聞かして下さい、それが何だか聞かして下さい!』と彼等は叫びました。
『訊いてはいけません、』とホウプは、薔薇色の口に指をあてて言いました。『しかし、万一あなた方がこの世にいるうちにそんなことがなくても、気を落してはいけません。わたしの約束を信じて下さい、それは本当なんですから。』
『私達はあなたを信じます!』とエピミーシウスとパンドーラとは、二人一しょに叫びました。
 そして彼等は本当にホウプを信じました。いや、彼等ばかりでなく、その後この世に生れ出た人は、誰でもその通りホウプを信じました。そして、実際のことをいうと――(たしかに彼女がそんなことをしたのは、とても悪かったには違いないにしても)――僕は馬鹿なパンドーラが箱の中をのぞいて見たということを喜ばずにはいられないのです。そりゃもう――たしかに――「わざわい」が今もなお世の中を飛び廻っていて、減《へ》るどころか、却って数もふえて、それが大変いやな小悪魔達で、お尻にとても毒のある螫《はり》を持っていることも知っています。僕は今までにも彼等に苦しめられたし、これからも年を取って行くにつれて、もっと苦しめられることは覚悟しています。しかしその代りに、この美しい、明るい、ホウプの可愛らしい姿があるじゃありませんか! われわれは一体「希望《ホウプ》」なしで、どうすることが出来ましょう? ホウプは世の中を高尚にしてくれます、ホウプは世の中を常に新しくしてくれます。たとえ世の中が、どんなに明るく見えた時でも、それがただ、もっと後にやって来る限りない幸福の影に過ぎないということを、ホウプは教えてくれます!
[#改ページ]

     タングルウッドの遊戯室
       ――話のあとで――

『プリムロウズ、』とユースタスは、彼女の耳をつねりながら訊いた、『どう、この小さなパンドーラって子は気に入ったかい? 彼女はまるで君そっくりだと思わない? しかし君なら、その箱をあけるのに、そんなにぐずぐずしてやしないだろうねえ。』
『もしあけていたら、あたしそのわるさのために、随分ひどい目にあっていたでしょう。だって、蓋をあけると、真先《まっさき》にひょいと飛び出して来るのは、「わざわい」の姿をしたユースタス・ブライトさんだったでしょうからねえ、』プリムロウズは、手きびしく返答をした。
『ユースタスにいさん、』スウィート・ファーンが言った、『その時からこの世界に来たいやなものは、みんなその箱にはいっていたんですか?』
『何から何まではいっていたのさ!』ユースタスは答えた。『僕のスケート遊びを出来なくしてしまったこの吹雪も、やっぱりその中につめ込まれていたんだ。』
『そして、その箱はどれくらいの大きさだったんですか?』スウィート・ファーンは訊いた。
『そうさ、長さは三フィートもあったかなあ、』ユースタスは言った、『幅は二フィート、高さは二フィート半といったところだね。』
『ああ!』とスウィート・ファーンは言った、『僕をからかってるんだね、ユースタスにいさん! 僕はそんな大きな箱に一杯になるほども、いやなことが世界にありはしないってことは分ってるよ。それに、吹雪なんて、ちっともいやなことじゃなくって、面白いことだい。だから、その箱にはいっている筈はないやい。』
『まあ、あの児のいうことったら!』プリムロウズは姉さんぶって叫んだ。『世の中の苦労なんて、てんで知らないんですものねえ! 可哀そうに! あの子もあたしほど世間を見て来たら、も少しかしこくなるでしょう。』
 そう言って、彼女は縄跳びをはじめた。
 そのうちに日が暮れかかって来た。戸外の風景はたしかに淋しかった。濃くなってゆく夕闇の中を、遠く広く、灰色に雪がふりつもっていた。中空と同じように、地上には道も何も見えなかった。玄関の階段に高くつもった雪で、幾時間もの間誰も出入りした者がないことが知られた。もしも子供がただ一人でタングルウッドの窓際に立って、この冬景色に見入っていたとしたら、おそらく悲しくなったであろう。しかし、子供が五六人も集まると、たとえ世界をすっかり楽園に変えてしまうことは出来ないまでも、老耄《おいぼれ》の冬でも、毎日のように吹く風でも来い、へこたれはしないぞというくらいな元気は出るものだ。その上、ユースタス・ブライトが、即席に、いくつかの新しい遊び方を考え出したので、彼等はそれをやって、寝る時まで大陽気《おおようき》で騒ぎつづけたが、その新しい遊び方はまた、次の荒天の日にも役に立った。
[#改丁]

     タングルウッドのいろりばた
       ――「三つの金のりんご」の話の前に――

 吹雪《ふぶき》はあくる日もつづいた。しかし、その後、それがどうなったものやら、私にはちょっと見当がつかない。とにかく、それは夜の間に、からりと晴れあがってしまった。次の朝、さしのぼった太陽が、あかあかと照らし出したこのバークシアの丘陵地帯は、世界のどこをさがしても、またとはあるまいと思われるほど荒涼としていた。霜が窓ガラス一面に紋様をえがいて、そとの景色はほとんどちらりとも見えなかった。しかし、タングルウッドの子供達は、朝飯を待ちながら、指の爪でのぞき孔をこしらえて――崖になった丘の腹が一ところ二ところむき出しになっているのと、黒い松林とまざり合って、雪が灰色がかって見えているのとをのけては――山も野も一面に白い布をのべたようになっているのを見て大よろこびだった。なんというこころよさであろう! そして、なおさらいいことには、鼻がちぎれてしまうかと思われるほど寒かった! もしも人達がそれに堪えるだけの活気さえあれば、輝かしい、はげしい霜ほど、元気をふるいおこさせ、且つ、全身の血を、山の斜面をながれおちる渓流のように敏活に、波立たせ、躍らせるものはまたとあるまい。
 朝飯がすむとすぐに、みんなそろって、毛皮や外套をうんと着込んで、雪の中へめちゃくちゃに飛び込んで行った。これはまた、寒中あそびには、なんというおあつらえむきの日であったろう! 彼等は、幾度も幾度も、丘の上から谷にむけて、どこまで飛んで行ってしまうか分らないほど滑った。その上更に愉快だったことには、底まで無事に着く度に、橇《そり》をひっくりかえして、真逆様にころがった。そして、一ぺん、ユースタス・ブライトは、途中何事もないようにというので、ペリウィンクル、スウィート・ファーン、スクォッシュ・ブロッサムなどを一しょに乗せてやって、全速力で降りて行った。ところが、これはまたどうしたことか、半分どころで、橇がかくれた切株にぶっ突かって、乗っていた四人全部が折重なって投げ出された。そして、起上って見ると、小さなスクォッシュ・ブロッサムが一人見えない! おやおや、あの子は一体どうなってしまったんだろう? ところが、みんなが驚いてあたりを見廻していると、高くつもった雪の中から、スクォッシュ・ブロッサムが、今まで見たこともないような赤い顔をして、ひょっこり立上った。それがまた、大きな真赤な花が、この冬の最中に、急にのびて来て咲き出したかのように見えた。この時みんなはどっと笑い出した。
 彼等が丘から滑り降りることにも飽きて来た時、ユースタスは子供達に、その辺の一番大きな吹溜《ふきだまり》に穴を掘らせた。ちょうど穴が出来上って、みんながその中にぎゅうぎゅう詰めになった時、運悪く、屋根が彼等の頭の上に落ちて来て、一人残らず生埋めになってしまった! すぐにみんなは、崩《くず》れた穴の中から、小さな頭をにょきにょきと出したが、そのまん中の、背の高いユースタスの頭は、鳶色の巻毛の中に粉雪がくっついて、白髪のおじいさんのようだった。それから、こんな、すぐに崩れてしまうような穴を掘れなどといったユースタスにいさんをやっつけてしまえというので、子供達は一団となって彼におそいかかって、めちゃくちゃに雪を投げつけたので、彼は逃げ出したくなってしまった。
 そこで彼は逃げ出して、森の中へはいって行った。それからシャドウの谷川の縁へ出た。そこでは、彼は、昼間の光もほとんど射《さ》し込まないくらいに、おびただしい両岸の氷雪が蔽いかぶさったようになった下を、谷川がつぶやくように流れて行く音を聞くことが出来た。小さな滝のようになったところは、どこでも、ダイヤモンドのような氷柱が、そのまわりにきらきらと光っていた。それから、ぶらぶらと湖の岸へ来て見ると、彼の足もとからモニュメント山の麓まで、真白の、足跡一つない雪原が見渡された。そして、今はもう日没に近かったので、ユースタスはそこの景色ほど清らかな、美しいものを見たことがないと思った。彼は子供達と一しょでなかったことを喜んだ。というのは、彼等のはち切れるような元気と、ころげまわらずにはいないような活動欲とは、彼の高尚な、深い気分をすっかり追払ってしまったであろうから。そうなったら、彼は(今日も一日中そうだったように)ただ愉快になれるというだけのもので、山間地方の冬の日没の美しさを味うことは出来なかったであろう。
 陽もすっかり沈んだ時、われらの友ユースタスは、夕食をするために家へ帰って来た。食事がすんでから、彼は書斎に引取ったが、私の想像では、彼が沈む夕日のまわりに見た、紫や金色の雲をほめたたえるために、一篇の抒情詩か、二三の小曲か、そのほかどんな形式にせよ、とにかく詩を作るつもりであったのだと思う。しかし、彼が最初の詩句もまとめ上げないうちに、扉があいて、プリムロウズとペリウィンクルとが現れた。
『君達、むこうへ行ってらっしゃい! 僕は今君達にかまっていられないんだ!』その学生はペンをもったまま、肩越しにふりかえって、そう叫んだ。『一体ここに何の用があるんだ? 君達はもうみんな寝たと思っていたのに!』
『ペリウィンクル、まあどうでしょう、にいさんがまるで大人みたいな口のきき方をして!』とプリムロウズは言った。『そして、にいさんはあたしがもう十三にもなって、大方自分の好きなだけ起きていたっていいんだってことを忘れているらしいわ。しかし、ユースタスにいさん、あなた気取ることは止《よ》して、あたし達と一しょに客間へ来なくちゃ駄目よ。みんながあなたのお話のことを、あんまりしゃべっちゃったもんで、お父さまもそれが悪い話じゃないかどうか、一ぺん聞いてごらんになりたいんですって。』
『ちぇっ、ちぇっ、プリムロウズ!』と学生は少し腹を立てて叫んだ。『僕はああいう話を大人の前でちょっとやれないなあ。それに君んとこのお父さんは、古典を知っていらっしゃるだろう。しかし別にお父さんの学問をおそれるわけじゃないよ。というのは、それはもうとっくに、古い鞘附《さやつき》ナイフみたいに錆《さび》っちゃっているにきまっているからね。しかし、その代りに、僕が自分の思いつきで、ああした話の中へ入れたすばらしいナンセンスに対して、きっと文句をつけられるよ。それがあるから、ああした話が君みたいな子供達にとって、大変面白くなっているんだけどね。若い時分にギリシャやローマの神話を読んだ五十代の人には、それらの神話の改作者、改良者としての僕の功績は、どうしたって分りはしないんだから。』
『それはみんな本当かも知れないわ、』プリムロウズは言った、『でも来なくちゃいけないことよ! あなたうまいことをおっしゃったけど、そのあなたのナンセンスというのを、少しみんなに聞かせて下さらないうちは、お父さんは本を開こうとなさらないし、お母さまはピアノをあけようとなさらないんですもの。だから、おとなしくついていらっしゃい。』
 どんな顔をして見せたにせよ、その学生は、よく考えてみると、古代の神話を現代風につくりかえる彼の立派な腕前はこんなものだということを、プリングル氏の前で実地に見せる機会が出来たことは、いやなどころか、寧ろ嬉しいくらいだった。実際、青年は、二十《はたち》になるまでは、自分の詩や文章を見せることを、どちらかといえば恥ずかしがるものだ。しかし、そ
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