は、箱に何がはいっているかと想像して見ることは、実際きりのない仕事でしたから。本当に、何がはいっているんでしょう? 仮に、家の中に大きな箱があったとして、そんな気がするのも、無理はないことだが、クリスマスかお正月にいただく何か新しい、きれいな物がはいっているらしいとなると、どんなに君達は夢中になっていろいろと頭の中で考えて見るか、まあ君達、想像してごらんなさい。君達はパンドーラみたいにそれを知りたがりはしないと思いますか? もしその箱と一しょに、一人きりでおいておかれたら、ちょっと蓋をあけて見たくなったりしないでしょうか? しかし君達はそんなことはしないでしょうね。おう、馬鹿な。とんでもないことだ! ただ、もしも君達がその中におもちゃがはいっていると思ったら、ちょっと一目《ひとめ》のぞいてみる機会をのがすのは大変つらいことでしょう! 僕はパンドーラが、おもちゃなんかをあてにしていたかどうかは知りません。というのは、子供達が住んでいた世界そのものが、一つの大きな遊び道具だったその頃には、まだおもちゃなどは一つも出来ていなかったでしょうから。しかしパンドーラは、その箱の中に何か大変美しい、値打のあるものがはいっているにちがいないと思いました。だから彼女は、ここで僕の話を聞いている小さな女の子たちの誰にも負けないくらいに、ちょっとのぞいて見たくてならない気がしました。いや、どうかすると、もちっとよけいにそんな気がしたかも知れません。しかし、きっとそうだとは僕も言い切れないが。
 それにしても、僕達がこうして長いことお話をして来た、この日はまた特別に、彼女の好奇心がいつもより強くなって来て、とうとうその箱に近づいて行きました。彼女は、もし出来たら、その箱をあけてみようと、大方決心していました。どうも、しようのないパンドーラですね!
 しかし、最初に、彼女はその箱を持ち上げてみました。それは重かった、パンドーラのような弱い力の子にとっては、まるで重すぎました。彼女はその片端を床から何インチか持ち上げましたが、かなり大きな、どしんという音をたてて、またそれをおろしました。すぐそのあとで、彼女は何だか箱の中でごそごそと動く音がしたように思いました。彼女は出来るだけぴったりと耳をあてて、聴きました。たしかに、中で、何だかぼそぼそとつぶやいているような気がします! それとも、ただ彼女の耳が鳴ってるのでしょうか? 或はまた、彼女の心臓の打つ音でしょうか? パンドーラは本当に何か聞えたのかどうか、自分でもはっきりときめてしまうことが出来ませんでした。しかし、いずれにしても、彼女の好奇心は、いよいよ強くなって来ました。
 彼女が頭をもとへ戻した時、彼女の目は、金の紐の結び目にとまりました。
『これを結んだ人は、大変器用な人にちがいないわ、』とパンドーラは一人で言いました。『それでもあたし、それをほどけそうな気がするわ。あたし、せめて、その紐の両はしくらいは見つけなくちゃ。』
 そこで彼女はその金の結び目を指につまんで、出来るだけはっきりと、その込み入ったところを調べて見ました。殆どそんなつもりもなく、また何をしようとしているかもはっきりとわきまえないで、彼女はやがて一生けんめいに、それをほどきにかかっていました。そのうちに、明るい日の光が、あけ放した窓から射《さ》し込んで来ました。また、遠くで遊んでいる子供達の楽しそうな声も、それと一しょに、聞えて来ました。そして多分その中にはエピミーシウスの声もまじっていたのでしょう。パンドーラは手を休めて、それに聞き入りました。なんといういいお天気でしょう! もしも彼女が、そんな面倒くさい結び目なんぞうっちゃっておいて、その箱のことなんかもう考えないことにして、彼女の小さな遊び友達のところへ飛んで行って、仲間になって面白く遊んでいたら、その方が利口じゃなかったでしょうか?
 しかし、その間もずうっと、彼女の指は半分無意識に、しきりとその結び目をいじっていました。そしてふと、この不思議な箱の蓋についた、花の冠をかぶった顔が目についた時、彼女はそれがずるそうに、彼女にむかって歯をむき出して笑っているのを見たような気がしました。
『あの顔はいじわるそうだこと、』と彼女は思いました。『もしかあたしが悪いことをしてるから笑ってるんじゃないかしら! あたしほんとにもう、逃げ出したくなっちゃった!』
 しかしちょうどその時、ほんのちょっとしたはずみで、彼女はその結び目をひねるようにしましたが、それが思いもかけぬ結果になりました。金の紐は、まるで魔法をかけたように、ひとりでほどけてしまって、箱は締物《しめもの》なしになってしまいました。
『こんな変なことって知らないわ!』パンドーラは言いました。『エピミーシウスは何というでしょう? そしてあたし、一体どうしてこれを、もと通りに結べるでしょう?』
 彼女は一二度、その結び目をもと通りにしようと、やってみましたが、すぐにそれは彼女の手に合わないということが分りました。それがあんまり、だしぬけにほどけてしまったので、彼女はその紐がお互にどういう風にからみ合せてあったか、少しも思い出すことが出来ませんでした。それからまた、彼女がその結び目の形や様子を思い浮かべようとしても、それがすっかり頭から消えてしまったように思われるのでした。だから、エピミーシウスが帰って来るまで、その箱をそのままにしておくよりほかには、どうにもしようがありませんでした。
『でも、』とパンドーラは言いました、『この紐がほどけているのを彼が見れば、あたしがやったということが分ってしまうわ。でも箱の中は見なかったということを、彼にどういう風にして信じさせたらいいんでしょう?』
 それから、彼女の横着《おうちゃく》な小さな胸に、どうせ箱の中を見たと疑われるなら、今すぐ見ておいたって同じことだという考えが浮かびました。おう、ほんとにいけない、ほんとに馬鹿なパンドーラよ! お前は、正しい事はする、間違った事はしないということだけを考えて、お前の遊び仲間のエピミーシウスが言ったり、信じたりすることを気にとめるべきではなかったのだ。そして彼女とて、もしもその箱の蓋についた不思議な顔が、そんなに誘惑するように彼女を見なかったら、そして又、箱の中の小さなつぶやき声が、前よりも一層はっきりと聞えるような気がしなかったら、多分そうしたことでしょう。それが彼女の気のせいかどうかは、彼女にはよく分りませんでした。しかし、彼女の耳には、小さな声でひどく騒いでいるように聞えるのです――それともまた、ささやくのは彼女の好奇心なのでしょうか。
『出して下さい、パンドーラさん――私達をそとへ出して下さい! 私達はあなたにとって、とてもいい、可愛い遊び相手なんですよ! ちょっと私達を出して下さい!』
『あれは何だろう?』とパンドーラは考えました。『箱の中に何か生きたものがいるのかしら? ええ、ままよ! あたしちょっと一ぺんのぞいてやりましょう! ほんの一度だけ、それから蓋をいつもの通り、ちゃんとしめておけばいいんだわ! ちょっと一ぺんのぞいて見るくらいで、別になんの事もある筈がないわ!』
 しかしもうそろそろこの辺で、僕達はエピミーシウスがどうしていたかを見ることにしましょう。
 パンドーラが来て、彼と一しょに暮らすようになってから、彼女を入れないで彼が何か面白いことをしようとしたのは、この時がはじめてでした。しかし何をしても、うまく行きませんでした。そしてまた、いつものように楽しくもありませんでした。甘い葡萄も、熟した無花果《いちじゅく》も見つかりませんでした(エピミーシウスに一つ悪いところがあるとすれば、それは無花果があんまり好きだという点でした)。また、折角熟していたと思えば、今度はあまり出来すぎていて、甘ったるくて食べられないのでした。いつもならば、ひとりでに声が飛び出して来て、一しょに遊んでいる仲間までが一層陽気になる位なんだが、今日はちっともそうした愉快な気持になれませんでした。結局、彼はとても落着かない、不満な気持になるばかりで、ほかの子供達は、一体エピミーシウスはどうしたのか、わけが分りませんでした。彼は自分でも、ほかの子供達と同様に、どこがどういけないのか分らないのです。それというのは、僕達が今話している時代には、幸福に日を送るということが、みんなの性質であり、いつも変らぬ習慣だったからだということを忘れないで下さい。世間は、まだ不幸なんていうことを知らなかったのです。これらの子供達が、楽しく暮らすために地上に送られて来てから、誰一人として、病気をしたり、調子が悪かったりしたことはなかったのです。
 とうとう、どうしたものか、何の遊びをはじめても、彼のせいでそれが止《や》めになってしまうということが分ったので、エピミーシウスは、今の彼の気持には却ってよく合っているパンドーラのところへ帰るのが、一番いいと思いました。それにしても、彼女を喜ばせたいという気持はあったので、彼は花をつんで、花環につくり、それを彼女の頭につけてやろうと思いました。花は薔薇や、百合や、オレンヂの花や、そのほかもっと沢山あって、とても美しく、エピミーシウスがそれを持って歩いたあとには、いい匂いが残りました。そしてその花環は、男の子としては、これ以上を望む方が無理だと思われるくらいうまく出来ていました。僕はいつも、花環を編むには、女の子の指の方が向いていると思っていました。しかし男の子も、その頃には、今の男の子よりも大分上手だったのです。
 ここで僕は、大きな黒雲が少し前から空にわきおこっていたことを言わなければなりません。尤もそれは、まだお日様を蔽《おお》いかくすまでにはなっていませんでした。しかし、エピミーシウスが家の戸口に着いたちょうどその時、それが日光をさえぎりはじめました。そうして、急に、うら悲しいような薄暗がりになりました。
 彼はそうっとはいって行きました。というのは、彼は出来ることなら、パンドーラのうしろにしのび寄って、彼が傍へ来たことを彼女がさとらないうちに、花環を彼女の頭に投げかけてやろうと思ったからでした。しかしちょうどその時には、彼は何もそんなに、抜足《ぬきあし》差足《さしあし》で行く必要はなかったのです。彼が好きなだけ大きな足音を立てても――大人のように――いや、象のようにと僕は言いたい位だが――どしんどしんと歩いても――それでもたいていは、パンドーラの耳にはいりそうもありませんでした。彼女は自分の考えにすっかり気をとられていたのです。彼が家へはいって行った時、ちょうどその仕方のない子は、蓋に手をかけて、秘密の箱をあけようとするところでした。エピミーシウスは彼女のすることを見ていました。もしも彼が声を立てていたら、パンドーラは多分手をひっ込めて、その箱のおそろしい秘密も分らずにしまったことでしょう。
 しかしエピミーシウスは、あまり箱のことを口に出しては言わなかったが、自分でもやはり、その中に何がはいっているか知りたい気持はあったのでした。パンドーラがいよいよその秘密を知ろうと決心したことが分ると、彼の方でも、この家の中でそれを知っているのがパンドーラだけであってなるものかと思いました。それに、もしもその箱の中に何かきれいなものか、値打のあるものがはいっていたら、彼もその半分は自分がもらうつもりでした。こんなわけで、パンドーラにむかって、好奇心など起してはいけないと、真面目くさってお説教をしておきながら、エピミーシウスは彼女とまるで同じように馬鹿になり、このあやまちについて責任があるという点で彼女とあまり変りはないことになってしまいました。だからわれわれは、この出来事について、パンドーラを責める時にはいつでも、エピミーシウスにむかっても、やはり同じように不満の意をあらわすことを忘れてはならないのです。
 パンドーラが蓋を持ち上げた時に、家は大変暗く、陰気になって来ました。というのは、黒雲がもうすっかりお日様をかくしてしまって
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