いっても幾センチ位だったかというような、こまかい質問をいつもするのだった。『メアリゴウルドはどれ位の大きさだったの、そして金になってからはどれ位の重さだったの?』
『彼女は大体君くらいの高さだったんだ、』とユースタスは答えた、『そして、金は大変重いから、少なくとも二千ポンド位はかかったね。金貨にすれば、三、四万|弗《ドル》も取れたでしょう。僕はプリムロウズが、その半分の値打もあればいいと思うなあ。さあ、みんな、この谿から上って、その辺を見ようじゃないか。』
彼等はそうした。太陽は正午の位置から、一、二時間廻っていたので、西陽のかがやきが谷の大きな窪みに一杯になって、なごやかな光がそこに満ちあふれて、まるで鉢になみなみと注《つ》いだ金色の酒のように、まわりの丘の間からこぼれて行きそうだった。昨日もちょうどこんなだったし、明日もまたちょうどこんなだろうに、思わず、『こんないい日は今迄になかったなあ!』と言わずにはいられなくなるような日だった。ああ、しかし一年を通じて、こんな日はそうざらにあるものではない! こうした十月の日は、その日その日が大変長いような気がするのが、その著しい特長である。ところが、この季節には、太陽はどちらかというと、ぐずぐずとおそく上って、そのくせ行儀よく六時か、或はもっと早く、ちょうど小さな子供達がしなければならないように、さっさと西の山に眠ってしまうのである。だから、われわれはその頃の日が長いなんて言えないのだ。しかし、どういうものか、その短さも、そのたっぷりした幅の広い感じで補われるのである。そしてひいやりとした夜になると、両腕で抱え切れないほど、今朝から人生を楽しんだという気がするのである。
『さあ、さあ、みんな!』とユースタス・ブライトは叫んだ。『もっと、もっと、もっと胡桃《くるみ》を拾って! 君達の籃《かご》一杯にするんだよ。そしたら、クリスマス時分には、僕がみんなにそれを割って上げて、いろいろいい話を聞かして上げるからね!』
こうして彼等は帰って行った。彼等はみんな大変な元気だったが、ただ一人小さなダンデライアンは、可哀そうに、栗のいがの上に坐っていたので、その刺《とげ》が針山にささったように彼にささっていた。まあ、彼はどんなに痛かったことだろう!
[#改丁]
タングルウッドの遊戯室
――「子供の楽園」の話の前に――
毎年十月が来て、また去って行くように、金色の十月の日が過ぎて、鳶色《とびいろ》の十一月も同じく過ぎ、寒い十二月もまた大方終りに近づいた。とうとう楽しいクリスマスになって、それと一しょにユースタス・ブライトが来たが、彼が一枚加わると、クリスマスも一層楽しいものとなるのであった。そして、彼が大学から帰って来た翌日、ひどい吹雪《ふぶき》になった。その日まで冬もためらっていたのか、幾日も温和な日がつづいたが、それはちょうど冬の皺くちゃの顔に浮かんだ微笑みたいなものだった。丘の南向の斜面だとか、石塀で風をよけたところなどには、まだ緑のままの草が残っていた。つい一二週間前、十二月になってからのことだが、子供達はシャドウの谷川が谿間から流れ出るあたりの岸辺に、たんぽぽが一つ咲いているのを見つけたりした。
しかし今ではもう、青草もたんぽぽも見られなかった。これはまたひどい吹雪なんだから! 大気を真白にして渦巻く吹雪の中で、もしもそんなに遠目が利くものとしたら、タングルウッドの窓からタコウニック山の円い頂《いただき》まで、一目で二十マイルの吹雪が見られるわけだった。その辺の山々を巨人達とすれば、それらの巨人達がでかい[#「でかい」に傍点]雪合戦を始めて、おそろしく大きな雪の玉を、お互に投げ合っているようにも見えた。ひらひらと舞下る雪片があまりに繁く、大抵は、谷の中程の立木さえそれに消されて見えなかった。尤も、時々は、モニュメント山のぼんやりした輪郭や、その麓に凍る湖水のなめらかな白いおもてや、もっと近くの黒や灰色の森林地帯などが、タングルウッドにこもる子供達の目に見分けられることもあった。しかしそれとても、吹雪をすかしてちょっと見えるだけのことだった。
でも、子供達はこの吹雪をとても喜んだ。彼等は一番深い吹溜《ふきだまり》の中へとんぼ返りを打って見たり、われわれがさっきこのバークシア地方の山々がやっているように想像した雪投げをしたりして、とっくに吹雪とは仲よしになってしまった。それから今度は、彼等の広い遊戯室に引揚げて来たのだが、そこは大広間に負けないほど大きくて、大小いろいろの遊び道具で一杯だった。中でも一番大きいのは揺木馬で、本当の子馬みたいだった。それから、屑布人形のほかに、木製や、蝋細工や、石膏や、瀬戸物などの人形の大家内《おおがない》がならんでいた。また、独立戦争記念のバンカ・ヒルの碑が積めるほどの積木、九柱戯の道具、いろんなボール、うなり独楽《ごま》、羽子板、輪投遊びの棒、跳縄《とびなわ》、その他一々ここに書き切れないほど、いいものが沢山あった。しかし、子供達はそんなもののすべてよりも、吹雪の方がもっと好きだった。それは明日から、冬中ずっと、元気に面白くあそべることを思わせたから。橇《そり》で方々乗りまわしたり、丘の上から谷へ滑っておりたり、いろんな雪達磨を作ったり、雪の砦《とりで》を築いたり、雪合戦をしたりすることが出来るのだ!
だから子供達は吹雪を祝福して、それがだんだんひどくなるのを見て喜び、門から玄関につづく並木道に長い吹溜《ふきだまり》が出来て、それがもう誰の頭よりも高くなったのを、如何にも楽しみらしく見守るのであった。
『ああ、わたし達は春まで閉じ込められるんだねえ!』と彼等はこの上もなく喜んで叫んだ。『お家が高すぎて、雪にすっかり埋まってしまわないなんて、つまんないなあ! 向うの小さな赤い家は、軒まで埋まってしまうだろう。』
『このお馬鹿さん達、この上雪に降られてどうしようというの?』とユースタスは尋ねた。彼は走り読みしていた何かの小説に厭《あ》きて、ぶらぶらと遊戯室へはいって来たのだった。『折角僕が冬中やれると思っていたスケートも、これじゃ出来なくなってしまうし、雪のいたずらもこれ位で沢山だよ。もうわれわれは四月まで湖も見られないよ。僕は今日初めてあそこへ行って見ようと思ったのに! プリムロウズ、僕が気の毒だとは思わない?』
『おう、本当にお気の毒だわ!』とプリムロウズは、笑いながら答えた。『しかしあなたを慰めるために、あたし達、あなたが玄関や、シャドウの谷川の窪地でして下さったような、昔のお話をまた聞かしていただきましょう。木の実がなっていたり、お天気がとてもよかったりする時分よりも、なんにもすることがない今みたいな時の方が、お話がよけいに面白いと思うわ。』
そこで、ペリウィンクルや、クロウヴァや、スウィート・ファーンや、そのほかまだタングルウッドにいるきょうだいや、いとこ達の三四人が、ユースタスのまわりに集まって来て、熱心にお話をせがんだ。その大学生はあくびをして、のびをして、それから子供達がとても感心して見ている前で、椅子の上を三度前後に跳び越えた。彼が子供達に説明したところによると、頭を活動させるために、そんなことをするのだそうだった。
『まあ、まあ、君達、』と、そんな予備運動の後《のち》、彼は言った、『みんなもそんなに言うんだし、プリムロウズも熱心に希望しているんだから、何とかやって見ることにしよう。そして、こんな吹雪なんてものがまだなかった時代には、どんなに楽しい時があったかということを君達に知ってもらうために、この世界がスウィート・ファーンの真新しい唸独楽《うなりごま》みたいに新品のぱりぱりだった古い昔のうちでも一番大昔のお話をしましょう。その時代には一年に一つの季節しかなく、それがまたうれしい夏だけでした。それから、人間の年齢にも一種類しかなく、子供ばかりでした。』
『そんな話今まで聞いたことがないわ、』とプリムロウズが言った。
『勿論、そうだろう、』とユースタスは答えた。『僕のほかには誰も考えたこともないような話でね、――子供の楽園の話だけど――ちょうどこのプリムロウズみたいな、小さないたずらっ児がいけなかった為めに、それがめちゃめちゃになってしまうというわけなんだ。』
そこでユースタス・ブライトは、今その上を跳び越えて見せたばかりの椅子に坐って、カウスリップを膝に乗せて、みんなに静かにするように言ってから、パンドーラという困ったいたずらっ児と、その遊び相手のエピミーシウスとの話を始めた。次の頁から、ユースタスが話した通りに、その話を皆さんに読んでいただきましょう。
[#改ページ]
子供の楽園
この古い世界が、まだ出来たばかりの、遠い遠い昔のこと、エピミーシウスという子がいました。その子は、はじめからお父さんもお母さんも無しでした。それではあんまり淋しかろうというので、やっぱりお父さんもお母さんもない今一人の子供が、エピミーシウスと一しょに暮らして、彼の遊び友達ともなり、相談相手にもなるようにと、遠い国から遣わされて来ました。彼女の名はパンドーラといいました。
パンドーラがエピミーシウスの住んでいる小さな家へはいって来た時、第一に目についたのは、一つの大きな箱でした。そして、彼女が閾《しきい》をまたいでから、ほとんど最初に彼に尋ねたことは、こうでした。
『エピミーシウス、あの箱には何がはいっているの?』
『僕の大好きな小さなパンドーラ、』とエピミーシウスは答えました、『それは秘密なんだ。後生だから、あの箱のことはなんにも訊かないでおくれよ。あの箱は大切に取っておくようにと言って、ここに置いて行かれたんで、僕も何がはいっているか知らないんだ。』
『でも、誰があんたにそれをくれたの?』パンドーラは尋ねました。『そして何処から来たもんなの?』
『それもやっぱり秘密なんだ、』エピミーシウスは答えました。
『なんてじれったいんでしょう!』パンドーラは唇を尖がらして叫びました。『あたしあんな大きな、いやな箱はどっかへ持って行ってしまってほしいわ!』
『さあ、もう箱のことなんか考えないで、』とエピミーシウスは叫びました。『そとへ飛び出して行って、ほかの子供達と何か面白いことをして遊ぼうよ。』
エピミーシウスとパンドーラとが生きていた時からは、もう幾千年にもなります。そして今日《こんにち》では、世の中もその頃とは大変違ったものになりました。その頃には、誰もみんな子供でした。その子供達の面倒を見るお父さんやお母さんは要りませんでした。何故かというと、あぶないなんてことはないし、心配なことなんかもなんにもないし、又、着物をつくろうこともいらないし、それから、食べ物や飲み物は何時《いつ》でもどっさりあったからです。御馳走がたべたくなれば、いつでも木を見ればそれがなっていました。朝、木を見ると、その日の晩御飯の花が咲いていました。また、夕方には、明日の朝御飯の新しいつぼみが目につきました。本当にとても愉快な生活でした。する仕事もなければ、調べる学課もなく、ただ長い一日を朝から晩まで、子供達が遊んだり踊ったり、可愛らしい声でしゃべったり、鳥のように楽しく歌ったり、わあっと面白そうに笑ったりしているだけでした。
とりわけ驚くべきことは、子供達がお互にちっとも喧嘩をしないし、まるで泣くということがないし、又、世の始まりからこの方、子供達が一人も、仲間を離れて隅っこの方でふくれていたりしたことがないということでした。ああ、そんな時代に生きていたらどんなにいいでしょう! 実際、今では夏の蚊みたいに沢山いる「わざわい」という、いやな、小さな、翼《はね》の生えた怪物は、まだ地上にあらわれていなかったのです。子供がその時までに経験した一番大きな苦労といえば、おそらく、あの不思議な箱の秘密が分らないからといって、パンドーラが気を揉んでいたこと位のものだったでしょう。
これもはじめのうちは、ただ「わざわい」のかすかな
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