塀の上に蒼黒《あおぐろ》い樹木の茂りが家を隠していた。かなり広い庭も、大木が造る影にすっかり苔蒸《こけむ》して日中も夜のようだった。それでもさすがに春は植込みの花の木が思いがけない庭の隅々《すみずみ》にも咲いたけれど、やがて五月雨《さみだれ》のころにでもなろうものなら絶え間なく降る雨はしとしと[#「しとしと」に傍点]苔に沁みて一日や二日からり[#「からり」に傍点]と晴れても乾《かわ》くことではなく、だだっ広い家の踏めばぶよぶよ[#「ぶよぶよ」に傍点]と海のように思われる室々《へやへや》の畳の上に蛞蝓《なめくじ》の落ちて匍《は》うようなことも多かった。物心つくころから私はこの陰気な家を嫌《きら》った。そして時たま乳母の背に負われて黒門を出る機会《おり》があると坂下のカラカラ[#「カラカラ」に傍点]に乾ききった往来で、独楽廻しやメンコ[#「メンコ」に傍点]をする町の子を見て、自分も乳母の手を離れて、あんなに多勢《おおぜい》の友達と一緒に遊びたいと思う心を強くするのみであった。乳母は、
「町っ子とお遊びになってはいけません」
と痩《や》せた蒼白い顔をことさら真面目《まじめ》にして誡《いまし
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