すっかり芸者屋で、芸者の子になるとおいしい物が食べられて、奇麗な着物は着たいほうだい、踊りを踊ったり、三味線を弾《ひ》いたりして毎日賑やかに遊んでいられるのだとお鶴は言った。
「私もいい芸者になるから坊ちゃんも早く偉い人になって遊びに来ておくれ」
お鶴は明日の日の幸福を確く信じて疑わない顔をして言った。平生《ふだん》よりも一層はしゃいで苦のない声でよく笑った。
「今度遊びに行っていいかい」
と私が言ったのを、
「子供の癖に芸者が買えるかい」
と囃《はや》し立てた子供連にまじってお鶴のはれた声も笑った。そしていつもよりも早く帰えると言い出して別れ際に、
「私を忘れちゃ厭《いや》だよ、きっと偉い人になって遊びに来ておくれ」
と幾たびか頬擦りをしたあげくに野衾のように私の頬を強く強く吸った。「あばよ」と言って、蓮葉にカラコロと歩いて行く姿が瞭然《はっきり》と私に残った。
悄然《しょうぜん》と黒門の内に帰った私は二度とお鶴に逢う時がなかった。忘れることの出来ないお鶴について私の追想はあまりにしばしば繰り返えされたので、もう幼かった当時の私の心持をそのままに記《しる》すことは出来ないで
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