ょうらく》する寂寥《せきりょう》の秋が迫るにつれて癒《いや》しがたき傷手《いたで》に冷え冷えと風の沁むように何ともわからないながらも、幼心に行きて帰らぬもののうら悲しさを私はしみじみと知ったように思われる。こうして秋を迎えた私ははかなくお鶴と別れなければならなかった。
ある日私は崖下の子供たちの声に誘われて母の誡《いまし》めを破って柳屋の店先の縁台に母よりも懐かしかったお鶴の膝に抱かれた。
「なぜこのごろはちっとも来なかったの。私が嫌《いや》になったんだよ憎らしいねえ」
と柔かい頬を寄せ、
「私もう坊ちゃんに嫌われてつまらないから芸者の子になってしまうんだ」
と言ったお鶴の言葉はどんなに私を驚かしたろう。遠い下町の、華《はな》やかな淫《みだ》らな街に売られて行くのを出世のように思って面白そうに嬉しそうにお鶴の話すのを私はどんなに悲しく聞いたろう。しかしそれも今は忘れようとしても忘れることの出来ない懐かしい思い出となってしまった。
お鶴はすでに、明日にも、買われて行くべき家に連れて行かれる身であった。そこは鉄道馬車に乗って三時間もかかって行く隅田《すみだ》川の辺《ほと》りで一町内
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