われて煙草屋の柳に涼しい風の渡る夏の夜となる。
「お尻の用心御用心」
と調子づいた子供の声はますます高くなってゆく。
「オイオイあすこへ来たのはお鶴ちゃんだろう」
こう言った若者の一人は清ちゃんの姉さんが止めるのも聞かずに、面白がる仲間にやれやれと言われて子供たちにいいつけた。
「誰でもいいからお鶴ちゃんの着物を捲ったら氷水をおごるぜ」
さすがに金ちゃんは姉のこととて承知しなかったが車屋の鉄公はゲラゲラ笑いながら電信柱の後に隠れる。私は息を殺してお鶴のために胸を波打たせた。夜目に際立って白い浴衣のすらりとした姿をチラチラと店灯《みせあか》りに浮き上らせてお鶴はいつもの通り蓮葉に日和下駄《ひよりげた》をカラコロと鳴らしてやって来る。やり過して地びたを這《は》って後へ廻った鉄公の手がお鶴の裾にかかったかと思うと紅が翻《ひるがえ》って高く捲れた着物から真白な脛《はぎ》が見えた。同時に振り返ったお鶴は鉄公の頭をピシャピシャと平手でひっぱたいてクルリと踵《きびす》をかえすと元来た方へカラコロとやがて横町の闇《やみ》に消えてしまった。気を呑《の》まれた若者は白けた顔を見合わせておかしくもなく
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