持を知らずに過ぎた。けれども海岸の防風林にもつれない風が日に日に吹きつのり別荘町も淋しくなる八月の末には都へ帰らなければならなかった。帰った当座は住み馴れたわが家も何だか物珍しく思われたが夏の緑に常よりも一層暗くなった室の中に大人のようにぐったり[#「ぐったり」に傍点]と昼寝する辛棒も出来ないので私はまた久しぶりで町をおとずれた。木蔭《こかげ》の少ない町中は瓦屋根にキラキラと残暑が光って亀裂《きれつ》の出来た往来は通り魔のした後のように時々一人として行人の影を止めないで森閑としてしまう。柳屋の店先に立った私を迎えたのは、店棚《みせだな》の陰に白い団扇《うちわ》を手にして坐っていた清ちゃんの姉さん一人だった。
「マアしばらくぶりねえ。どこへ行っていらしったの。そんなに日に焼けて」
 娘はニコニコして私を店に腰掛けさせ団扇で※[#「てへん+扇の旧字」、18−上−14]《あお》ぎながら話しかけた。
「誰もいないのかい。清ちゃんも」
「エエ。今しがた皆で蝉《せみ》を取るって崖へ行ったようですよ」
「誰も来ないのかなあ」
 つまらなそうに私は繰り返して言った。
「誰もって誰さ。アアわかった。坊ち
前へ 次へ
全38ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング