た》ましいほど勇ましいと思った。若い衆の間に評判される踊り屋台にお鶴が出たということは限りなく美しいものに憧《あこが》るる私の心を喜ばせたとともに自分がそれを見なかった口惜しさもいかばかり深いものであったろう。けれども私はすぐさまわが羨望《せんぼう》の的だった絵双紙屋の店先の滝夜叉姫の一枚絵をお鶴と結びつけてしまった。お鶴の膝に抱かれながら私は聞いた。
「お鶴さんは踊り屋台に出て何をしたの」
「何だったろう。当てて御覧」
「滝夜叉かい」
「エエなぜ」
「だって滝夜叉が一番いいんだもの」
 お鶴は嬉《うれ》しそうに笑ってまた頬擦りをするのだった。真実《ほんと》にお鶴が滝夜叉姫になったのかどうか。私の言うままに、良い加減にそうだと答えたものなのか私は知らないが、古い錦絵《にしきえ》の滝夜叉姫と踊り屋台に立ったお鶴とは全く同一《おんなじ》だったように思われて、踊り屋台を見なかったにもかかわらず二十年後の今もなお私はまざまざと美しい絵にしてそれを幻に見ることが出来る。

 土用のうちは海近い南の浜辺で暮した。一|時《とき》として静まらぬ海の不思議がすでに子供心を奪ってしまったので私は物欲しい心
前へ 次へ
全38ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング