屋根と屋根との打ち続く坂下は奇麗に花々しく見えるのに、塀《へい》と塀とは続いても隣の家の物音さえ聞えない坂上は大きな屋敷門に提灯の配合《うつり》が悪く、かえって墓場のように淋しかった。そればかりか私の家なぞは祭りと言っても別段何をするのでもないのに引き替えて商家では稼業《かぎょう》を休んでまでも店先に金屏風《きんびょうぶ》を立て廻し、緋毛氈《ひもうせん》を敷き、曲りくねった遠州流の生花を飾って客を待つ。娘たちも平生《ふだん》とは見違えるように奇麗に着飾って何かにつけてはれがましく仰山な声を上げる。若い衆子供はそれぞれ揃《そろ》いの浴衣で威勢よく馳け廻る。ワッショウワッショウワッショウと神輿《みこし》を担《かつ》ぐ声はたださえ汗ばんだ町中の大路小路に暑苦しく聞える。こういう時に日ごろ町内から憎まれていたり、祝儀《しゅうぎ》の心附けが少なかったりした家は思わぬ返報《しかえし》をされるものだった。坂上の屋敷へも鉄棒でガチャンガチャン[#「ガチャンガチャン」に傍点]と地面を打って脅かす奴を真先にいずれも酒気を吐いてワッショイワッショイと神輿を担ぎ込む。それをば、もう来るころと待っていて若干《い
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