か》めしい父に習って行儀よく笑い声を聞くこともなく終了《おしまい》になってしまう音楽のない家の侘《わび》しさはまた私の心であった。お祖母様や乳母や誰彼に聞かされたお化の話はすべてわが家にあった出来事ではないかと夜はいつでも微かな物音にさえ愕《おび》えやすかった。自然と私は朝を待った。町っ子の気儘な生活を羨《うらや》んだ。
カラリ[#「カラリ」に傍点]と晴れた青空の下に物《もの》皆《みな》が動いている町へ出ると蘇生《よみがえ》ったように胸が躍って全身の血が勢いよく廻る。早くも街《まち》には夏が漲《みなぎ》って白く輝く夏帽子が坂の上、下へと汗を拭《ふ》き拭き消えて行く。ことさら暑い日中を択《えら》んで菅笠《すげがさ》を被《かぶ》った金魚屋が「目高、金魚」と焼けつくような人の耳に、涼しい水音を偲《しの》ばせる売り声を競《きそ》う後からだらり[#「だらり」に傍点]と白く乾いた舌を垂らして犬がさも肉体を持て余したようについて行く。夏が来た夏が来た。その夏の熊野神社の祭礼も忘れられない思い出の一|頁《ページ》を占めねばならぬ。
町内の表通りの家の軒にはどこも揃いの提灯《ちょうちん》を出したが
前へ
次へ
全38ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
水上 滝太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング