いながらあっちこっちの横町や露路に遊び疲れた足を物の匂《にお》いの漂う家路へと夕餉《ゆうげ》のために散って行く。
「お土産《みやげ》三つで気が済んだ」
 と背中をどやして逃げ出す素早い奴《やつ》を追いかけてお鶴も「明日またおいで」と言って、別れ際に今日の終りの頬擦りをして横町へ曲って行く。
 私はいつも父母の前にキチン[#「キチン」に傍点]と坐って、食膳《しょくぜん》に着くのにさえ掟《おきて》のある、堅苦しい家に帰るのが何だか心細く、遠ざかり行く子供の声をはかない別れのように聞きながら一人で坂を上って黒門をはいった。夕暮は遠い空の雲にさえ取止めもない想いを走らせてしっとり[#「しっとり」に傍点]と心もうちしめりわけもなく涙ぐまれる悲しい癖を幼い時から私は持っていた。
 玄関をはいると古びた家の匂いがプン[#「プン」に傍点]と鼻を衝《つ》く。だだっ広い家の真中に掛かる燈火《ともしび》の光の薄らぐ隅々《すみずみ》には壁虫が死に絶えるような低い声で啼く。家内《やうち》を歩く足音が水底《みなそこ》のように冷めたく心の中へも響いて聞える。世間では最も楽しい時と聞く晩餐時《ばんさんどき》さえ厳《い
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