げた、肥《ふと》った翁《おやじ》が丸い鉄火鉢《てつひばち》を膝子《ひざっこ》のように抱いて、睡《ねむ》たそうに店番をしていた唐物屋《からものや》は、長崎屋と言った。そのころの人々にはまだ見馴《みな》れなかった西洋の帽子や、肩掛けや、リボンや、いろいろの派手な色彩を掛け連ねた店は子供の眼にはむしろ不可思議に映った。その店で私は、動物、植物あるいはまた滑稽《おどけ》人形の絵を切って湯に浮かせ、つぶつぶ[#「つぶつぶ」に傍点]と紙面に汗をかくのを待って白紙《しらかみ》に押し付けると、その獣や花や人の絵が奇麗に映る西洋押絵というものを買いに行った。
「坊ちゃん。今度はメリケンから上等舶来の押絵が参りましたよ」
 と禿頭は玻璃棚《ガラスだな》からクルクル[#「クルクル」に傍点]と巻いたのを出しては店先に拡《ひろ》げた。子供には想像もつかない遠い遠いメリケンから海を渡って来た奇妙な慰藉品《なぐさめ》を私はどんなに憧憬《あこがれ》をもって見たろう。油絵で見るような天使が大きな白鳥と遊んでいるありとあらゆる美しい花鳥《はなとり》を集めた異国を想像してどんなに懐《なつ》かしみ焦がれたろう。実際あり来たり
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