るつきり戀愛小説に縁の遠くなつた自分の如きは、面とむかつて攻撃された。
「先生の物は昔の方がよろしいな。」
とも云ひ、
「何かもつと濃厚な物を書いたらどうですか。」
とも云つた。
少し邪推してみると、彼は屡々中學の文藝愛好家にみる如く、所謂文士の生活を、遊蕩と必然の關係のあるものとして憧憬してゐる傾向があつた。その文士の集まつてゐる東京では、年が年中寄合ひがあつて、賑かな生活をして居るものと推測してゐるらしかつた。恰も大阪の不良少年が、あの大阪式の言語道斷に俗惡な酒場《バア》で、毎晩々々給仕女を張つてゐるやうな生活をさへ、彼は藝術家の特權か何かと考へてゐるらしかつた。わざわざ變な服裝をするのも藝術家の一資格かと思ひ違へてゐるらしかつた。
從つて、物堅い家に育つた若者の服裝をして、酒場に入浸るよりも下宿に閉ぢ籠つて居る日の方が多いかくいふ先生の如きは、最初彼にとつて幻滅の感を抱かせたに違ひない。
自分は又しても大人の臆病心に襲はれて、機會さへあれば眞面目な顏付をして訓戒めいたことを口にした。若し彼の推測するやうに、文士といふものが酒と女にばかりかかりあつてゐたら、時間と精力を消
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