缺いてだらだらしているが、その癖妙に力の籠つたところがあつて、割合に大まかな味はひを持つて居るのであつた。自分はそれらの小説を讀んで上手《うま》いとも下手《まづ》いとも決める事が出來なかつた。
「是非批評して下さい。」
 と膝を進ませる相手に對して、
「面白いには面白いけれど、隨分文字や假名づかひは亂暴だね。」
 などと當らず觸らずの事を云ふより他に爲方がなかつた。
「字なんかどないだつて構やせん。」
 少年は自信のある口をきいて、飽迄も字づかひなどは念頭に浮べず、間違ひだらけの儘で押し通した。
 書上げると直ぐに持つて來て見せる小説を讀んでゐるうちに、自分は面白い發見をした。それは彼の作品の何れにも必ず或エロテイツクな場面の出て來る事である。學校教員の生活を描いても、會社員の生活を描いても、何かしら性慾の壓迫から起る事件を結び付けなくては承知しなかつた。「蒲團」を愛讀し、谷崎氏の作品を愛好する理由が、初めて自分にも解つた氣がした。
 氣が附いて見ると、彼は曾て一度も、エロテイツクな場面を持たない小説をほめた事が無い。少くとも所謂無戀愛小説は讀む氣にもならないらしい。「海上日記」以來ま
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