、自由に才能を延ばす事が出來ないから、どうか先生と同居させて下さいなどと、一時間も二時間も坐り込んでゐて動かないのがある。さういふ連中に比べて、此の少年の邪氣の無い態度は自分をして餘り苛々させなかつた。
 長い間兎角途絶え勝ではあつたが、何とまとまつた事も無く、いろんな話をした後で、
「どうか此の次には私の書いた小説を持つて來ますから直して下さい。」
 と云つて少年は歸つて行つた。
 それ以來自分を先生々々と呼ぶ少年は度々訪れて來るやうになつた。
 幾篇かの小説の原稿を持つて來て見せもした。極端に幼稚拙劣な字で書いた假名づかひも文法も滅茶《めちや》々々の文章で綴つた小説で、隨分讀みにくいものであつたが、多分飜譯物で覺え込んだらしい直譯體に近い形容や句切りが、全く類の無い文體を形成して、噛みしめてゐると存外味が出て來るのであつた。題材はぼんぼんに似合はず苦勞人の見た世の中らしく、かなり深刻に觀察して、一種重苦しい氣分を起させるやうなものが多かつた。谷崎潤一郎氏の華々しい小説を愛讀すると云ひながら、彼自身の作風はどつちかと云へば自然派の物に近かつた。その文章の亂雜な通り、一篇の結構も緊縮を
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