られればね。」
 少し中腹《ちゆうつぱら》で返事をしても、彼には通じないところがあつた。
 話をしてゐる中に、最初不良少年かと思つた程無遠慮に見えたのも、口のきき方のぞんざいなのも、要するに彼がぼんぼんだからだと解つて來た。女の姉妹《きやうだい》はあるが男は一人きりだといふ彼は、父母の懷に甘つたれて育つたに違ひない。さう思つた時、自分は我儘らしい少年の態度を是認した。
 元來未見の人に逢ふのを好まない自分は、たまたま知らない人に面會を求められるのを、何よりも迷惑な出來事の一に數へてゐる。
 紹介も無しに突然人を訪れるのは新聞記者か雜誌記者に多いが、行儀が惡く、人擦れてゐて、且つ他人の迷惑には頓着しない點に於て、世に所謂文學書生も新聞記者に劣らない者である。
 自分は平素貴下の作品を愛讀してゐるものであるが、一度親しく謦咳に接して御高見を拜聽し度いといふやうな申出は、難有《ありがた》迷惑な次第には違ひ無いが、たとへ斷るにしても叮嚀に斷るべき筋合であらう。手酷しいのになると、自分は「文章世界」の投書家で、田山花袋氏選の懸賞募集文に幾囘か當選した前途有望の青年であるが、物質的窮乏に壓迫されて
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