殊に文學の儲けの少い事、大概はマイナスになる事、及び東京へ遊學に出す事の出費と危險を雄辯に説いた。聞いてゐるうちに先生は自分自身が意見をされてゐるのではないかと疑つた程、諄諄と聞かされたのである。
「お母さんなんかに何がわかるもんか。」
息子は聞くに堪へないらしく、面を紅《あか》くして母親を叱したが、さういふ時には先生が必ず母親の味方になつて、
「それは考へてみれば學校に長く通つたつて無駄な事かもしれません。勉強しようと思へば一人でも勉強は出來るのですから。」
などと頼みにならない事を云ふのであつた。先生は實際平然として應對している樣子は見せながら、心中甚だ困却してゐたのである。可愛い息子の好きな事なら、好勝手《すきかつて》にさせてやればいいのにと思ひもし、可愛いからこそ息子の將來を心配して、やきもき氣をもみもするのだと、息子にも同情し、母親にも同情した。同時に又、二言目《ふたことめ》にはお金がかかるお金がかかると云ひ、藝術の作品を金錢に計量しなくては承知しない母親の態度にも慊《あきた》らず、こんな迷惑な地位に自分を陷《おとしい》れ、前觸れもなしに母親なぞを引張つて來た息子の世間見
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