は事の餘りに大がかりなのに吃驚《びつくり》したと同時に、愈々自分の責任の重い事と迷惑の大きい事を痛感した。
「默つて會社に勤めて居りますれば、末始終《すゑしじゆう》は間違ひ無く相當な地位に上《のぼ》る事も出來ますのですが文學と申せば先づ風流な事でございますから。」
第一學校に通はせるにしても月々多額の出費だし、將來存外成功したにしても、なかなかお金にはなるまいといふのが、親として最も危《あや》ぶむ理由に外ならなかつた。
「お母さんは又金々ばかり云うて、金なんかいくらあつたかてあかん。」
息子は苛々した調子で、默つてゐる先生の態度を頼母しくなく思つたらしく、傍から横槍を入れた。
「けれども文學者だつて喰べなくては生きて行かれませんから、それは御心配になるのがもつともです。」
と先生は母親に向つて調子を合せた。
「ごらんなさい、貴方樣もさうおつしやるではないか。」
母親は勢に乘つて息子の不平を抑へつけてから、或る知人の子は東京帝國大學の哲學科を出て年三十にして未だ親の脛を噛つてゐる事、或る知人の息子は慶應義塾に通つてゐて月々莫大な金を費消してゐる事、それからそれと實例を擧げて、學問
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