のを感じた。
雙方とも汗を拭き拭き挨拶を濟ますと、目の前の息子の先生の、意外にも若僧なのに驚いたと同時に安心したらしい母親は、そろそろ用件を語り出した。
元來會社の爲事に熱心だつた父親の子に似ず、息子は商賣が嫌ひで學校時代には學校から歸つて[#「歸つて」は底本では「歸つと」]來ると、只今では會社から歸つて來ると、二階の自室に閉ぢ籠つて机に向つて本を讀むか書き物をしてゐる。
「こんな者に何が書けますものかとは存じますけれど。」
と親らしい前置きをして、一體その息子の書く物によつて判斷すれば、將來文士として名を成す事が出來るか如何か先生の御意見を伺ひ度いといふのである。
「それは勉強次第でせう。」
と先生は暑氣と病氣と、且は又迷惑な自分の地位に惱みながら責任のがれ專一に答へた。
「せめて新聞にでも出るやうな有名な人にでもなります事なら、當人の好きな事でもあり、爲方が無いとあきらめて、學校に通はせてもいいと思ひますが。」
しつかりした口のきき方をする母親は、次第によつては曾て自分も其處で教育を受けた事のある東京に息子と共に家を構へて、その成業を待つてもいいといふのであつた。
先生
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