ずの我儘なぼんぼん面《づら》も面憎かつた。
さはさりながら此の場合、先生が專念に祈つたのは、自分自身がかかりあひになる面倒を避ける事であつたから、その爲めには是が非でも母親側につく方が利益だと考へたのは勿論である。
「まあひとつ會社で出世して、その間に實世間の經驗を積むのも、作家となる上から見ていい事かもしれませんよ。」
と悄氣《しよげ》てゐる少年に對して、實業家と稱される種類の人間の屡々口癖にいふやうなせりふ迄口の外に出した。
「ではまあ宅に歸りまして、又當人の決心も聞きました上、改めて御相談に伺ひます。」
と永い時間の對座の後、母親は坐り直して手をついた。
「貴方樣もああおつしやるのだから、貴方もとつくり思案して見なさい。」
と先生の頼み甲斐無いのに氣の拔けた息子にいひきかせて、
「まことにお邪魔致しました。」
と頭を下げると、母は子を促《うなが》して歸つて行つた。
先生はホツト一息ついて、額から胸から流れる汗にぐつしより濡れた單衣《ひとへ》の氣持惡く肌に絡みついた體を崩し、親子が立際に置いて行つた大きな菓子折を目の前にして、つくづくと自分の年をとつた事を感じたのである
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