上に紹介してやらうと云つて、下宿の所在迄教へて呉れたのださうだ。どうしても自分にはそんな知己は無いので、腑に落ちない話だつたが、例の新聞記者一流の出たらめをやつたんだなと思つて苦笑するより他に爲方が無かつた。
 時に甚だしく口の重い事のある自分に對して、訪問者もはか/″\しく口をきかず、次第に手持無沙汰らしく見えて來るので、無理に何か話材をこしらへても、相手は兎角簡短な應答をするばかりで、且つ最初は不良少年かと思つた程無遠慮な態度に似ず、返事をする時は羞しさうにさへ見えるのであつた。
 彼はその頃甲種商業學校の五年生で、目の前に卒業試驗を控へてゐた。
「學校はいやでいやで適《かな》はん。」
 と駄々子《だゞつこ》の物言ひをして、文學以外の學課に興味が無く、卒業出來るかどうかもわからないといふ意味の事を云つた。
 父親は死んでしまつたけれど、その父が生前殘した事業があつて、母親は學校を卒業すると同時に其處で働かせるつもりでゐる。彼は學校なんか今日からでもやめて、小説の作家になり度いのであつた。
「學校なんぞは役にたちませんなァ。」
 と少年は少し雄辯になつて、自分の同感を求めた。
 聽い
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