です。」
と指差した。
「先生ですか。」
少年は意外だつたといふ表情を包まずに、此方《こつち》を見上げてから帽子を取つて頭をさげた。
「お上んなさい。」
先生と呼びかけられた自分を、けげんさうに見守つてゐる小婢の目を避けるやうに、心中少し狼狽しながら、さつさと先に立つて自分の室に少年を導いた。先生と呼ばれた丈で、何の爲めに此の少年が自分を訪問したか、彼が如何なる種類の人間であるかが直感された。自分は寧ろ不機嫌で、相手の態度を見守つた。
少年は一見不良少年らしい沈着さで、初對面の年長者の前で、惡びれもしずに煙草をふかしたが、紺がすりの着物に紺がすりの羽織で、海老茶の毛糸で編んだ羽織の紐が如何にも子供らしかつた。
「私を訊《たづ》ねて來たのは如何いふ御用です。」
と自分の方から切出した。
「實は朝日新聞の○○さんが、先生を紹介してやらうと云うて下さつたので……」
「○○さん?」
自分はいくら考へてもそんな人は知らなかつた。
少年の云ふところに據ると、○○といふのは大阪朝日新聞の社會部の記者であるが、少年が文學に熱中して、文學談ばかり持ちかけるので、それでは此頃大阪に來てゐる水
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