。たゞ負惜みもまぜて、平素自分の考へてゐる慶應義塾の特徴をぽつりぽつりと説いた。
「そりやァ便利な人間はあの學校からは出ないかもしれないが、そのかはり比較的素直な心持を持つているところがいいと思ふ。」
 と云ふのがその要旨であつた。
 少年は餘り感心もしない顏をして聞いて歸つたが、數日後に又やつて來た時は、前とは全く調子が變つて、愈々慶應義塾に入り度いから、甲種商業學校出の者でも入學出來るかどうかを確めて呉れと云つて來た。
 先生は又してもこれはしまつたと思ひながら、兎に角その學校に教鞭をとつてゐる友人にきいて見ようと約束した。
 考へてみると此前の時、少し慶應義塾をほめ過ぎたやうに思はれて後悔した。あれは少年が自分の母校を罵つたので、人情として些かせき込み過ぎたのと、もう一つは彼れが慶應に入るまいと思つて安心してゐたので、うつかり提灯を持つてしまつたのである。萬一彼が入學して、金ばかりつかう怠け者になられては、先生の立場として厄介だと考へると、どうしても甲種商業學校出身者には入學の資格を與へない方が合理的であるやうに思はれて來た。
 一週間後、友人から商業學校出では入學出來ないと囘答
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