學の文科に入學し度いと希望してゐるのであるが、彼處《あそこ》は風儀が惡いからいけないと身内の者に反對されたさうだ。何故彼が早稻田大學を擇んだかといふと、どんな雜誌を見ても執筆者の大多數はその學校の出身者で、數に於て到底他の學校出身の文士と比較にならない程有力であるから、將來自分が世に出るにも最も有利だらうと考へたのださうである。まことに恐るべきは頭數の勢力である。
「それでは慶應義塾がいいでせう。」
と先生は曾てその學校で落第した事などを思ひ出しながら云つた。
「あそこは金ばかりつかうてる怠け者の學校だからいかんと云うてます。」
「成程ね。」
先生は一言も無く參つてしまつて、感服する外に致し方がなかつた。
「それにあの學校からは餘り偉い文學者は出てゐませんだつしやろ。」
少年の舌は滑《なめらか》に動いた。
「さう云へばさうだね。」
あまりの事の激しさに、流石に先生も殘念に思つたが、然《さ》りとていくら考へてみても、一流として許せるのは小説家では久保田万太郎氏、美術評論家では澤木梢氏を數へるばかりで、遙に下つたお次には先生自身位なものであるから、聲を高くして反對する勇氣は無かつた
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