先生もその一人に過ぎないのであつた。
「文士なんて下等な人間が多ござんすぜ。」
と云ふ時は他人を罵倒すると同時に、そんな人間と交際を持つ自分自身をも嘲笑する意氣込みが、不知不識にあらはれてゐるのであつた。
何れにしても先生は、自分を先生々々と呼ぶ少年の前途を危ぶむとともに、その危なつかしい前途にかゝりあつては堪らないと思ふ念に惱まされる事が多かつた。
或時少年は、先生が先生と呼ばれないで濟むかはりに、終日貸金の利息を勘定したり、諸拂の傳票に盲目判を押したりする會社員の生活をしてゐる事務室へ電話を掛けて來て、相談事があるから今夜行きますと云つて來た。こいつは困つたと思つてゐると、果して困つた問題を持つて來た。
彼は度々繰返して愚痴を云つてゐた會社づとめの單調無味に堪へられなくなつて、如何しても學校に入《はい》る決心をしたが、それには何處の學校がいいだらうと云ふのである。
「お母さんも同意したのですか。」
「私がそれ程熱心なら爲方が無いから大阪の家をたたんで、私の卒業する迄東京に住むと云うてなはります。」
我儘者は凱歌を奏する態度で答へた。
彼は文學書生の常例にもれず、早稻田大
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