文學的創作に勉勵してゐる實例なので、繰返し繰返し納得させようと努めた。けれども實はうつかりした事を云つて、少年がその一家の者の意見に對抗して自己の希望を貫徹しようと夢中にでもなつた場合には、飛んだとばつちりを喰つて、その一家の人々と何等か面倒な交渉を惹き起しはしないか、それが第一に避け度かつたのだ。
「會社になんか行く位なら生きてる甲斐が無いわ。」
 少年は甘やかされて育つた者に限る我儘な調子でつぶやいた。
 けれども次に訪れて來た時は、彼は既にその亡父の爲事であつた或會社の社員にされてゐた。自分はそれを聞くと安心して云つた。
「お目出度う。勤人の生活も存外嫌では無いでせう。」
「イヤもう土臺つまりません。」
 彼は言下に先生のちやらつぽこを拒けてしまつた。
 會社で一緒に爲事をしてゐる大人の愚劣さを、少年は公事を憤る人の口ぶりで滅茶苦茶に嘲笑した。俸給の上つた話、諸會社の賞與の話、物の値段の話、たまに話題が變つたと思ふと、それは猥談に極まつてゐるといふのである。
 先生も亦かゝる周圍の中に暮してゐるのであるが、しかも擦れつからしの態度をとつて、人々を心中馬鹿にしながら尚且つ平氣で交際
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