金錢の利得の伴ふものと思つてゐる人々の不安心の種であつた。
「金儲け金儲けばかり云うて、金なんぞ一文もいらんわ。」
 ぼんぼんはぼんぼんらしい事を云つて、身内の大人達を罵つた。
「しかし文學では喰つて行かれませんよ。」
 自分は又しても大事取りの大人の臆病風に誘はれて、少年の燃えさかる火の手を消さうとした。
「喰はれんかて構はん。」
 ぼんぼんは愈々ぼんぼんになつて語氣も烈しく云ひ放つた。
 その日以來先生は益々不安を感じ出した。中途で廢《よ》してもいゝと云つて學校通ひを嫌つた時は、學校の難有味を説いて勉強するやうに忠告したが、忽ち彼が熱烈に學校生活を續け度いと夢中になつて來たのを見て、今度は學校も大したものではない、衣食足りてこそ藝術の製作も完全なものが出來るが、喰ふために書く事になれば文學勞働程悲慘なものは無く、作品も必ず儲け爲事の目的と墮落するに違ひ無い、殷鑑遠からず誰も彼も、其處にも此處にも濫作家がゐるではないか、それよりも一層方面違ひの事で衣食して、且つ藝術の製作に努力した方がましであらうと、もつともらしく勸め始めた。それには幸ひ先生自身が、會社員としての俸給で衣食し、同時に
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