屋に注文状を出したのは勿論である。
今日は來るか明日は屆くかと、毎日「日本橋」を待暮したが、一週間たつても十日たつても屆かない。由來福島屋は上品なおかみさんと大樣《おほやう》な若旦那の經營する氣持のいい店ではあるが、勘定を取りに來ないのと、記帳落《つけおち》の多いのと、注文の品をなかなか持つて來ないので聞えてゐる。「日本橋」の發送も勿論惡氣は無いが等閑《なほざり》にされてゐたのに違ひ無い。
その間に梶原君の町角の本屋に通ふ事は一日も止まなかつた。一刻も早く讀み度いと思ふ心がどうしても彼を落着かせなかつた。毎日毎日店頭に立ちながら、曾て買物をしない自分に向けられる小僧の視線を不愉快に思ひながら、幾度手に取上げて「日本橋」を開いて見たかわからない。
或夕方、又行くのは羞しいなと心の中では思ひながら本屋を訪れたが、その日迄は二册並んでゐた「日本橋」がいつもの場所に一册しか見えなかつた。失敗《しま》つた。誰かに買はれたなと、自分の祕藏の物を奪はれたやうな嫉妬を感じた。けれどもまだ一册殘つてゐるのを少しばかりの慰めにして、彼は又それを手に取つて見たが、心なしか小村雪岱氏の纖細な筆で描かれた
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